第8話

夜のラウデンは静かだった。遠くから洩れる音楽と笑い声が、冷えた空気の中でぼんやりと響く。

月明かりに濡れた石畳の路地は、古びた建物の影に覆われ、昼間とは別の顔を見せていた。

レオンの店は、その影の奥にある古い建物の一角だ。昼間は古本屋に見えるが、夜になると情報屋や裏社会の人間が出入りする場所へと変わる。

足音。

後方から忍び寄る気配を、ダニエルは背中で感じ取った。追跡者は三人。距離は近い。

視線を前に向けたまま、歩調を少しだけ速める。影が伸び、重なる。息が冷たい空気に溶けた。

店のドアを押し開けると、カウンター奥でレオンがこちらを見上げた。

「何人だ?」

「三人だ。」

短いやりとりの後、レオンは奥の棚から小箱を持ち出した。かつて見せられた特製の拳銃だ。

「使うかもしれない。」

ダニエルは頷き、外の気配を探った。

――そのとき。

短い悲鳴。続いて、重いものが石畳に倒れる音。

ドアの隙間から覗くと、路地に影が横たわり、その向こうに大男の背中があった。

倒れている三人は、全員首の骨をへし折られたように動かない。

大男は一瞬立ち止まり、こちらに顔を向けた。暗がりに沈んだ眼だけが、わずかに光を帯びる。

何も言わず、闇の奥へ消えていった。

「何者だ、あいつは…」レオンが低く呟く。

「分からない。だが、手口は今までと同じだ。」ダニエルはドアを閉め、深く息を吐いた。

レオンは軍手をはめ、淡々と死体を調べ始める。

「東側のスパイだな。動き方と持ち物で分かる。西側ならこんな雑なやり方はしない。」

ポケットから暗号めいたメモと数枚の写真が出てきた。レオンは一枚を差し出す。

そこには、華やかな宴の場。笑顔のエマ。そして、その隣には――今夜、影を葬った大男の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る