答え:そこに小説があるから。この世界に小説があるから。
と、それでは答えにはならないと思うので(笑)
すこしだけ。今回のエッセイを読んだ感想も踏まえて書くと、多分、人の数だけ小説というメディアについて、様々な答えがあると思います。
そのアンサーの一つとして、こちらのエッセイは一読することは、書くことに対しての再認識にもつながると思います。
本エッセイ「諸君! 小説は好きか? 好きだよな? 私は好きだ!」は公式自主企画「この夏、あなただけの好きを届けよう」の参加作品です。
※公式自主企画は終了しました。
作者様も言われているのですが、この物語を愛するカクヨム界隈において、自分を含めて「小説」を推すという発想になぜ、ならなかったんだろうというのが不思議。
単純に考えて、小説を書くということが当たり前になっている。要素としてはあるかもしれません。
作者様は、その小説という定義をアカデミックに分解したうえで、どれだけ好きなのか。終わりなき旅はまだまだ続くことを示唆して、筆を置きます。
あえて言えば、テクニックも、構成における妙も、大切です。
でも、それ以上に「書きたいから書く」
そんな想いで書かれた作品は、非常にエレルギッシュだったりするし、プロットを練り込んだ作品よりも美しく感じる時がある。
小説っていう生き物は、一体なんなのか。
このエッセイでは、その小説について本当にアカデミックに語ってくれます。
分解したら、ただの文字。
それなのに、どうしてこれほど、惹きつけてやまないのでしょうか。
その探求や、創作を見つめ直す上で、最良の一作です。
そのうえで、問わせてくださいね――。
Q:人はなぜ小説のことが好きなのだろう?
あなたの答えは、如何ですか?
小説執筆は、物語作りは……
手元に、頭に、運動中に風呂場に仕事場に、あらゆる場所に遍在可能な究極の創作活動だと思います。
そしてほとんど誰でもアウトプットが可能な唯一の創作表現、と言っても過言ではない。
この表現方式の美点は、諸刃の剣。
どこでも誰でもできるからこそ(本当はそんなことはないけれど)「趣味で小説を書いている」……これが中々言えない。
言って微妙な空気になる。
読まれて心無いコメントに深い傷を負う。
そんな哀しき学習が生み出した性なのかもしれない。
……そんな個人的経験はさて置き。
その一億総批評家の過酷な戦場で、どうして僕らは物語を紡ぐのだろう。
それは今さら問うまでもないことで、あえて口にするまでもないことで。
けれどその思いを、こんなにも“言葉”にしてくれた、思い出させてくれた。
このエッセイは、そのことに意味があると思います。
そしてこれを読んだ今なら胸を張って言えるはず!
——小説が、好きだ! 小説は、最高だッ!!