かの者は常に孤独

蠱毒 暦

無題 詰み

「………」


31


燃え盛る町の中…悲鳴が聞こえ、命が消えていくのを、黙って眺める事しか出来なかった。



———ぼくは弱い。



後悔しかないし…こんなの、ガラじゃないのは1番よく理解している。


「…む?」


目を逸らせば良かった。それか移動式屋台を捨てて、逃げ出せば…逃げ切れただろうに。


「ほほう。その目…私に刃向かうつもりか?」


相手は全ての魔物の祖である『原初の魔王』が直々に産み出した、『原初の魔物』の1人。


平和になった『異世界タタラ』に突如として現れ…今や、人類の9割を支配下に置く大悪。



名を————『吸血鬼王』ノエルと呼ぶ。



銀髪をたなびかせ、少女は嗤う。


「やめておけ。たかだかアイスクリーム屋を営んでいる貴様に負ける程、私は弱くないぞ?」


14


その通りだ。ぼくは弱い…人間の笑顔が見たくて、アイスクリームを作っては転々と町を巡り配るのがお似合いだ。



———とても◾️◾️と呼べる程の器はない。



「今は冬…なのにアイスクリームか。ふん…売れる訳がなかろう。商人ならもう少し、頭を使えないのか?」


その通りだ。ぼくは頭が良くない。


この世界を救えはしたが、その過程で1つの命を守れなかった。注意していたのに…この体たらくだ。


『そこの行く先々で出会う、おにいさん…アイスはいかがですか〜♪バニラあじがオススメですよ〜♪♪』


家族らしい人物もおらず、幼い体で毎日、春夏秋冬関係なく、自分よりも何倍と大きなボロボロの移動式屋台を運ぶ。


他の屋台もあるのに、健気に営業していたのを旅先で、何度も見かけた。


けど道ゆく人も、その声に耳を傾けなかった。少しでも早くこの世界を救おうと奮闘していた、ぼくも…その1人だった。


「メニューもバニラ味のみ…チョコやオレンジくらいは増やした方がいいんじゃないか?」


7


あの時…ぼくがその声を無視せず、耳を傾けていれば………街道の隅っこで、倒れた移動式屋台の側で、冷たくならずに済んだかもしれない。


平和になった世界で…アイスクリーム屋を営んでいたかもしれな…っ。思い上がるな。


仮にその現場にいたとしても、あの子は救えなかった。本当にぼくは……無力だ。


「全体的に設備もボロい…私が触れれば一瞬で、」


「触るな!!!!!!」


少女が、誰なのか知らない血に染まった手で触れようとするのを振り払った。


それは、人類を脅かす魔物のお前が触れてもいい代物じゃない。


「恥を知れ!!!!!!」


少女の血の色をした瞳が僅かに輝く。


「ほう…やる気か…?ならば、この場で町の住民と同じ運命を辿らせてやろう!!!!」


3


ぼくに生きる価値はない…ぼくは弱い。


「『指鉄砲』を…避けた!?」


移動式屋台に残されたレシピを見て、どんなに努力してもあの子の様に、甘くて美味いアイスクリームすらまともに作れない。


「屋台を守りながら…貴様、何者……」


「ぼくは無能。」


そう。世界を救った◾️◾️にも…あの子の代わりにすらなれないんだから。


「チッ…こうなったら『ノインテーター』で刻んでやる!!!」


1


少女が右手を手刀の形にして、左腕を切断すると、クルクルと宙を舞う左腕が細長い長刀に変わった。


「消えろ、アイスクリーム屋ぁ!!!」


弱くて、頭が良くなくて、生きる価値がない無能なぼくは…何処まで行っても、1人でなければ



0———何も守れやしない。



強制呪縛英雄失墜【背水ノ陣】…解除



「…っ、その剣は…な」


「すまない。」


人間がぼく以外いなくなったから、ようやく敵を屠るべく、今回は屋台のバニラ味のアイスクリームが剣の形となり、ぼくの手に握られた。


「ぇ…ふあっ!?」


振り下ろした少女の長刀を弾き、瞬時に神器に匹敵するその斬れ味で腕を粉々に切断する。


「…名乗るのを忘れていた。」


再生した右手で長刀を拾う前に再度、切断。続けて右足、左足、右膝、左膝、右太もも、左太もも、腰、胸、首、耳、鼻…頭を斬った。


「ぼくは…役立やくたたず めつ。アイスクリーム屋にも…◾️◾️にもなれない役立たず。」


「…ぁ…馬鹿な。こんな…折角、最強の吸血鬼に、なれたの…」


「チェックメイト。」


その口に剣を突き刺し、こうして…『異世界タタラ』をまた救った。今度は…31人の住民達を犠牲にして。


……



国からの莫大な報酬は辞退した。ぼくなんかよりも、それを必要としている者達は沢山いる。


「や、屋台だ!!」


「え…アイスクリーム?冬なのに…」


「オススメは…バニラ味です。」


魔王クラスの魔物を討伐すると何でも1つ願いが叶う『討伐特権』も重ねて辞退した。


犠牲になった者達や、あの子を生き返らせた所で、また厄災が降りかかれば…また、ぼくが見殺しにしてしまうかもしれない。


2度も、見知った誰かが死んでいくのを見たくない。ぼくは…弱いから。


「いやバニラしかねえじゃん…!?チッ、こんな時だし我儘は言えねえが…よし、1つくれ。」


「あっ、俺も甘いモン食べたかったんだよ。1つくれ!」


「!は、はい…」


「わたしも!」



唯一、ぼくに出来るのは……贖罪だけだ。


                   了 


             













































 




















 

































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かの者は常に孤独 蠱毒 暦 @yamayama18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ