第9話 解決策

 ゾンビをよけながら走ったため、体力が大分消費されてる。肩を上げ下げしながら息を整えていると、先ほどはなかった見覚えのない手紙が目に入った。

 床に分かりやすく落ちていた手紙を拾い、中身を確認すると


「稲葉くんへ

 このお手紙を読んでいるということはもう私は人間ではないのでしょう。」


 と遺書のような書き出しで始まっていた。その文字はどこかで見かけたことがあるような美しく整った文字だった。


「ゾンビ・パニック楽しんでいるかしら?私もゾンビになってしまってきっとあなたはパニック状態よね。私がいなければ何もできないあなたにヒントを差し上げます。続きはコンピューター室へ。    

 有栖川透子」


 その手紙の差出人は有栖川さんだった。そして、彼女は実に回りくどいことをしてくれた。ヒントはコンピューター室に行けば分かるって……。また、校舎に戻らないといけないどころか、あの大量のゾンビを割いて行かなければならないのだ。

 寝っ転がるように積まれていた運動マットに倒れ込んだ瞬間、バケツに足が引っかかった。中に入っていた水が盛大にばらまかれ、辺り一面水だらけだ。

 やってしまった。このバケツは有栖川さんが出した見た目は派手な黄金のバケツだ。中身は普通らしいけど。でも貴重な水だったのに……。


「あれ?えっ?」


 ひっくり返ってしまったバケツを元に戻そうと手にかけるとバケツにしてはやけに重くて、ちゃぷちゃぷと音をたてる。これはまさか……。


「水が入ってる⁉」


 そのバケツは見た目だけ派手は普通のバケツではなかったのだ。どこから水が湧き出るのか分からないが不思議なバケツだったのだ。試しに、もう一度バケツをひっくり返す。また、バケツには水がたまった。

 この体育館を突破する糸口が見つかった。

 ただのバケツと馬鹿にして申し訳なかった。このバケツは黄金色がとても似あう素敵なバケツだった。もともとそういう仕組みになったのか、変化したのか分からないけれど。最初、有栖川さんは中身は普通と評価したので後者であろう。前者だったら、彼女は妄想癖に加え、虚言癖を持つことになる。

 俄然やる気が出た僕はバケツの水を水鉄砲のタンクに注ぎ、バケツを片手にフル装備で体育館倉庫の扉を開けた。僕がせっかく考えたんだもの、水鉄砲も活躍させたい。

 難なく、体育館を突破した僕は再び校舎へ入った。コンピューター室は、特別棟の三階に位置する。少しずつ日が傾き始め、校舎の外にもゾンビが現われるようになった。ゾンビを倒しながら、職員室により鍵を拝借し、コンピューター室に入った。鍵が元々かかっていたおかげでゾンビは一人も侵入していない。

 さて、コンピューター室にヒントが隠してあると有栖川さんが言ってたけど、どこにヒントがあるのだろうか。コンピューター室に初めて入った僕はソワソワしながら中を歩いた。授業で使う機会がないので存在しか知らなかったが、クラス全員が使えるぐらい大量のパソコンが置いてある。ヒントを探し回っていると、一台のパソコンの電源がついていた。青白く光っているその画面をのぞき込むと「ヒント」とご丁寧な名前が付けられたファイルがある。右クリックすると、


「稲葉くん。遅いわよ。」


 とプラグラムが作動し、チャットが始まった。ドット絵のアバターに吹き出しがついて、先ほどの言葉が文字羅列で並んでいる。ピコピコと動くドット絵の女の子のアバターは有栖川さんだろうか。不思議の国のアリスみたいな服装をしている。可愛らしいけど、遅いって言われても……一言余計だ。


「ごめん。」


 と慣れない手つきでキーボードを打つ。


「ヒントって言っても特にないのよね。」


 ヒントをあげるって言ったくせにヒントが特にないとはどういうことだ。骨折り損じゃないか。僕はアバターと言えどもすまし顔の彼女を見ながら、キーボードを強く打つ。


「そんな!有栖川さんを元に戻す方法とかないわけ?」

「ないわよ。まあ、私のことだからゾンビになってみたかったんじゃない?」


 あまりにも他人事すぎる。僕はゾンビになりたくないって言うのに。有栖川さんは面白半分でゾンビになったというのか。


「嘘でしょ⁉じゃあ、元の世界に戻る方法は?」

「質問攻めね。よっぽど元に戻りたいのね。」

「当たり前でしょ?もったいぶらずに教えてよ。」


 画面の向こう側で僕を翻弄して楽しんでいるの分かる。これがプログラムされたものかもしれないけど、ニマニマ顔ぐらい容易に想像できる。


「いいわ。このゾンビだらけの世界から脱出する方法はすべてのゾンビを倒すこと。」


 拍子抜けした。僕が有栖川さんの考えていることが分かるようになったからなのか、それとも今回の妄想は普通なのか、僕の大方の予想と合っていた。てっきり僕の想像を超えるような方法で元に戻ると思っていたので腰抜けしてしまったのだ。


「簡単だと思ってる?ええ、稲葉くんなら簡単だと思っているはずよね。無限に湧くバケツを手にしたあなたなら。でも、そんな簡単にいくかしらね。」


 意味深なことを言う。そうだ、有栖川さんだ。あの有栖川さんが僕を簡単に現実に戻してくれるわけがない。そうだ、ゾンビは大量にいるんだから僕一人でどうにかできる数ではないのだ。


「ねえ、有栖川さん。なにか他にお役立ちアイテムとかないの?」

「呆れた。私、今まで散々ヒントとアイテムを与えたのよ。今までの行動を振り返ってみなさい。」


 ため息が聞こえてきそうなほどの呆れられた文字の羅列を見て、キーボードを打つ手が止まる。今まで与えたヒントとアイテムでどうにかがんばれと言う事だろうか。それが分からないから聞いたのに。でも、有栖川さんはもう何も言うつもりはないのだろう。


「じゃ、精々頑張って。」とコメントを残して、プログラムは終了した。

 最後に映し出されたのは、ゾンビになってしまった有栖川さんのアバター。そして、大量の水によって流されていった。ちょこちょこと出て来た元の姿に戻った有栖川さんは僕に手を振った。これは、情けでくれた最後のヒントなんだろうか。確かにゾンビは水に弱いのだが、一定時間を空けると復活するらしいのだ。そして、ゾンビは太陽が苦手で意外と賢いらしく、太陽が出ているところにはゾンビはいない。でも、もう日が落ちて太陽は見えなくなっている。明日まで待つのは嫌だし、他の弱点……やっぱり水なんだろうか。さっきのプログラムが終わる前に見たあの映像。ゾンビになって、元に戻ったと考えれば、もしかすると大量の水で倒せるのだろうか。確かに今までは少しの水で動かなくなるので少量しかかけていなかった。でも、一人一人倒して行ったら時間かかるし……面倒くさいし……。


「何も思いつかない……。」


 さっきとは違い、誰もいない心細さを感じつつ、とりあえず少しずつでもゾンビを倒すことにした。考えても思いつかないならとりあえず手を動かして前に進まないといくらたっても元に戻れなそうだし。

 軽く、水をかけると動きが止まるゾンビにさらに水をかける。今度はバケツ二杯分ぐらい大量にだ。そうすると、動かなくなるどころか、砂浜のお城を水で壊すような崩れ具合でほろほろと壊れていった。一人、二人、三人とどんどん倒していく。でもキリがない。腕も足も疲れる。これじゃ、まるで拷問だ。どれくらいゾンビが存在しているか分からないが、どう考えてもこのやり方では何時間、何日もかかるだろう。


「早く家に帰りたい……。」


 弱みを吐いても喝を入れてくれる人も同情してくれる人もいなく虚しくなるだけだった。


「そう言えば、僕ってこの水鉄砲を考えたんだよね。」


 背中に背負ったままのそれを見て思い出す。有栖川さんに言われて考えた僕のアイテム。

 もう一回、僕の妄想が具現化されないだろうか。こう、大砲みたいな水がどんどん撃ちつけられるな道具があれば……。

 頭をうんうんうねらせていると出てきた。大砲みたな大きな水鉄砲が。しかも水を入れることなく、無限に出てくる。まさしく、水鉄砲とバケツが組み合わさったような画期的アイテム。

 ボタンを押せば、どんどん水が出てくるので楽ちんだ。さあ、これでゾンビが倒せる!


「全然、減らないんだけど……。」


 もう何人倒しただろうか。結構な数を倒したと思うのに、何処からともなく湧いてくる。気が滅入りそうだ。

 もっと、もっと、一気に倒す方法。

 外はもう暗くなり、曇り空なのか星も月も見えない。


「一気に……。」


 ゾンビが太陽が出ないことをいいことに外に出始める。


「天気を変えられたら……。」


 そうだ!大量の雨が降れば一気に倒せないだろうか。少しぐらいは減るだろう。

 僕は天に祈った。「雨よ。降ってください。」と何度も何度もお願いした。


 そして……雨がぽつりぽつりと降り始めた。


「やった!」

 ここまでは良かった。ここまでは良かったのだが、お願いが効きすぎたのか、雨量はどんどん多くなり、台風並みの豪雨に変わり、そしてあろうことか、校舎まで流れ込んできた。どんどん浸水してくるのだ。ゾンビは洗い流されるように水に沈んでいく。必死に逃げる僕をマネするようにゾンビも必死に浸水から逃れようとする。雨は校舎を飲み込む勢いで振り続ける。まるでノアの大洪水だ。街諸共沈ませるつもりだ。四階まで水がしみ込んできた。しばらくは水がトラウマになりそうなほどの勢いでやってくるのでなりふり構わずガムシャラに逃げた。途中からゾンビを倒すためということも忘れていたぐらいには必死だった。

 屋上に出ると街が見えなくなるぐらいに浸かっていた。ゾンビだって、全く見えなかった。


「そういえば、有栖川さんのこと忘れてたな……。」


 思い出したころには街は沈んでいたので、きっと有栖川さんも……。


「ど、どどど、どうしよ⁉」


 ゾンビになった彼女を助けることを忘れていた。


「いやいや、有栖川さん、ゾンビになりたい的なこと言ってたし……。」


 いやでも、倒すつもりなんかはなかったし、そもそもこの大洪水自体想定外だし……。


「ごめん、有栖川さん!」


 と空に手を合わせていたところで


「ちょっと、酷くないかしら!」


 と彼女の声が後ろから聞こえた。


「うわっ!ゾンビ!」

「ゾンビじゃないわよ。もとに戻ったんだから。」


 彼女の方を振り向くといつも通りの艶やかなな陶器のような白い肌に黄金色をなびかせる髪の毛を持つ有栖川さんの姿があった。


「ホントだ。もとに戻ってる……。」

「あなたがもとに戻してくれたんでしょ?それなのに、私のことを忘れるとかなんとかって……無意識だったわけ?」


 僕は有栖川さんを元に戻した記憶はないので……


「そうです。無意識です。」

「ヒント!理解できなかったのね?」

「は、半分くらいは役に立ったよ?僕の妄想で大砲とか、雨とか降らせたし。」


 意図せず、大量の雨が降ってしまったけど。……あれを雨と呼んでもいいのか困るぐらいには水の塊が落ちてきたけど。


「……まあ、いいわ。あなた、才能あるわよ。」


 有栖川さんは沈み切った街を眺めて、靡く髪を押さえた。


「何の?」


 にまっとした不気味な微笑みを浮かべ、ピンク色の血色のよい唇を開いた。


「妄想の。」


 勿論、今回の妄想はここで終わった。……多分。

 そして、ここからの記憶は途切れ、いつの間にか朝日が昇り切った教室にいた。

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