日本国民の皆さんへ。今一番食べたいものは何ですか?

寒川吉慶

日本国民の皆さんへ。今一番食べたいものは何ですか?

20XX年。

長野県上空に巨大な宇宙船が出現してからというもの、日本人の生活は大きく変わった。

食生活が。


「なあ、シンゴ。俺今日卵使うわ」


神奈川県のある高校にて。

隣の席のタカユキがそう切り出すと、シンゴだけではなく教室中が彼に興味を示したようだった。


「お前、卵は月一でしかもらえないんだぞ!」


「知ってるよ。だが、俺は食いたいんだよ卵かけご飯が!!」


「流石に月初めに使う度胸はないなー。卵かけご飯うまいけどさ」


「タカユキ君、卵かけご飯に使うんだ」


窓際で友達とキャッキャと話していたミサキもわざわざこちらに近づいて話しかけてくる。

やはり、制限されるとそれに対する欲望はとんでもない勢いで加速するのだ。


あの日、宇宙船から降り立ったのは技術力、化学力、軍事力すべてにおいて地球をはるかに上回った生命体だった。

彼らの登場には全国民が生命の危険を感じたが、今はこうして卵かけご飯の話ができている。

彼らの要求は「次の星に出発するまでの三か月間、地球で準備を整えさせてほしい」というものだったのだ。

圧倒的に強者の存在からの敵意なしの要求をこちら側は受け入れた……そこまでは良いのだが、彼らは時間や力をすべて技術の発展に尽くしていたようで。

地球の娯楽、特に食文化は興味深すぎたようだ。

その生命体は日本語を覚えた直後に『隣人』と名乗り、警戒している日本政府が馬鹿らしいくらいにニコニコと仲を深めに来た。

そのリーダーの声明を知らない人間など、今の日本には存在しないだろう。


「日本食がおいしすぎて耐えられません。お願いします三か月間だけ日本にある食べ物を私たちの国の民三億人に提供してくれませんか。日本にうちの技術全部教えるので」


日本がその要求を呑んでから早一カ月。

国民の多くは配給制になった食生活にも悲しいことに順応してきている。



「はあ!?まじか!?」


教室の後方からシゲアキが声を上げた。


「どうしたんだよ」


シゲアキが無言で見せてきたスマホの画面にはネットニュースの記事が写されていた。


「総理、隣人のリーダーとのスマブラ10本勝負で勝利。賞品として一日だけ一品のみ日本食が解禁される」


見出しだけで分かった。

束の間だが、戻ってくるんだ。

俺たちが飢えている日本食が。


「で、何の料理が戻ってくるんだ……?」


急ぐ指でネットニュースをスクロールする。

気付けばクラス中が集まっていた。


「品目は5日後の国民選挙で決定される」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


三日後


「タカユキ、お前は何に投票するんだ?」


高校から家に向かって歩きながら、シンゴはタカユキに尋ねた。


「いや、それがめちゃくちゃ迷ってよ」


「実をいうと俺もだ。三勢力が本当に拮抗している」


三勢力とは、寿司、焼肉、ラーメンのことだ。

これらは今回の選挙で飛びぬけて票が集まることが予想されている。


「噂をすれば……、ありゃあ『ラーメン党』じゃねえか?」


道路の反対側にでかでかと『ラーメン』と書かれた選挙カーが止まっている。

車の上ではタスキをかけた男が声を張り上げて演説をしているではないか。


「日本食じゃないとか、中国でいつでも食えるだろとか、言われていますが、日本のラーメンは唯一無二の料理です!!寿司のように、和食というイメージがないのは、それだけ私たちの生活に当たり前にあったと言うことです。そんなラーメンが私たちの前から消えて1ヶ月!もう一度あの日常を!あの美味しさを!国民全員で味わいませんか、皆さん!!」


熱弁だ。

選挙カーの下には人だかりが出来ており、「ラーメンを取り戻せ!」など応援している


「あの大人たちは暇なのか…?」


タカユキがぼそっと呟くのを制す。


「好きな食べ物をここまで発信できる機会もないから、楽しんでるんじゃないか?大人も」


ラーメン党の選挙カーからとどめのように声が聞こえた。


「どうか、ラーメンに清き一票を!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ただいまーー」


ミサキは塾から帰るとカバンを置き、リビングに向かった。


「お帰りなさい。今日も暑かったでしょ?」


「暑かったーー」


ソファにドカッと座って服をパタパタ扇いでいると奥の部屋の扉が開く気配がした。


「ミサキ、おかえり」


「お父さん、お仕事お疲れ様」


「ああ」


ミサキの父親は寿司職人である。

商店街で構える彼の店は価格が高くてもそれ以上に満足させてくれると評判だった。

隣人が現れてからはその腕を彼らのためにふるっていて、地球人に対する提供は彼らの出発までお預けになる、という話だったが……。


「もうちょっとで食べ物の選挙あるでしょ?そこでお寿司が一位だったら、私たちも久しぶりにお父さんのお寿司食べられるのかな?」


「そうだな。それは、とても嬉しいことだ」


「お父さんたちは選挙活動?みたいなのしないの?ラーメンとか焼肉とかはよく見るけど」


「やろうって声もないわけではないが、父さんはいいかな」


「なんで?」


父親は自分の手元に視線を落としたまま答えた。


「アピールすることもいいが、『旨いから食べたい』『好きだから食べたい』と一人一人が自然に思うことも大切にしたい。まあ、その気持ちで自然と投票されて一位になれればそんなに幸せなことはないな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ラーメン党の選挙活動はますます活発になっています。どう手を打ちましょう?」


「答えは一つ。とことん乗ってやる。焼肉が祭りを盛り上げなくてどうすんだ」


シゲアキは迷わず答えた。

ここは焼肉派の神奈川ブロックの本拠地。

シゲアキは焼肉派の中でもかなり高い立場にいる。


「世論からは『三勢力の中で焼肉は日本らしさが最も薄い。海外でもほぼ同じクオリティのものが食べられる』という見解が強いですが」


「それを分かってもらうか。焼肉で輝くのは食材だけじゃない。テーブルを囲う人、空間だ。旨いもんはたくさんあるが、これほど楽しい食いもんは俺は知らないよ。ましてや一カ月ぶりの日本食解禁。焼肉がでしゃばるに絶好の機会だ」


シゲアキはタスキをかけて歩き出した。


「どこへおいでですか」


「駅前で演説してたラーメン党に交ざってくる。今回のは選挙法も何もないからな。盛り上げないと焼肉が廃る!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


二日後。午後2時。

82%という圧倒的投票率を誇った「日本国民食べたい物総選挙」の結果が発表される日だ。

シンゴは課題をやりながらも開票速報が近づくにつれてそのことしか考えられなくなっていた。

TVの画面を固唾をのんで見守る。

自分でも滑稽だと思いつつも、同じ状態になっている人が日本中にいるだろう。


「北海道地区。開票結果です。寿司113万6754票、ラーメン94万4780票、焼肉87万8792票。ジンギスカンも含まれています。その他スイーツ系を含むご当地グルメが強い人気を誇っており……」


開票結果は都道府県別に発表され、日本全体の結果が発表されるのは全都道府県の発表の後だ。

なんとバラエティ色の強い試みだろうか。


「――神奈川県地区、開票結果です。焼肉143万7349票、ラーメン122万4311票、寿司101万6783票。他の県と比べ三大勢力の得票率が高い傾向がありました。焼肉がトップに躍り出ているのも珍しい状況です。」


シゲアキが焼肉派の重役であることは知っている。

彼の努力は実を結んだようだ。


今までの体感で言うと三勢力は拮抗。

わずかに寿司が抜きんでているような印象を受ける。


前代未聞、イレギュラーだらけの「日本国民食べたいもの総選挙」。

鳴れというのは恐ろしいもので、こんな状況下でも国民は少しだけ流れが掴めかけていた。

しかし、兵庫県の結果を発表している最中、最大のイレギュラーが舞い込んでくるのだった。


TVの画面下部に突如表示された「速報」の帯。

そこには「隣人の代表、日本に向けて新たな声明を発表」とあった。


開票速報は一時中断され、隣人の代表の記者会見に画面が移り変わる。

隣人のトップは圧倒的力を持っているとは思えないほど体を縮こませながらそそくさと入場し、中央の椅子にサッと座った。


「あの、ほんとにすみません。なんか、地球に敵対組織の追手が近づいてるみたいで……。ぶっちゃけもうちょっと準備したかったところではあるんですけど、地球の皆さんに迷惑かけるとやばいので、我々、撤退しまーす……。あ、我々の技術は伝えました。ほんと、仲良くしてくれてありがとうございました。またうまいもん食べに寄らせてください」


画面は開票速報のスタジオに移り変わったが、画面の中のリポーターは10秒ほど何も言葉を発せないでいた。

当たり前だ。おそらく日本中が呆気にとられていただろう。


「えーっと?これは、つまりどういうことでしょうか……」


辛うじてリポーターが頑張って喋り始めた。


「えー……すみません。少し確認しますね」


解説役が現場のスタッフとこそこそとコンタクトをとっている。


「はい、わっかりました……。えー、ただいま確認が取れました。先ほど隣人は地球を出発しましたので、日本の配給制度は終了です」


「と、いうと……?」


「たった今から好きなものが食べられます」


近所のそこら中から叫びとも何とも取れない大声が聞こえた。

当然だ。あまりにたくさんのものがぶち壊されている。

自分でも訳が分からないが、外に飛び出した。

同じような人がかなりの数いた。


「な、なんなんすかねあいつら!」


普段全然話さないようなご近所さんにも訳の分からないテンションのおかげで話しかけられてしまう。


「ね、どうしましょう。いや、どうするとかないんでけど!」


「おう、シンゴ!」


部屋着としか思えない服に身を包んだタカユキが現れた。


「お前も外出てきたのかよ」


「おい、どうする!」


「どうするとかないだろ」


「俺、とりあえずペヤング食うわ!」


「あー、そうね……」


同じ頃。

焼肉派神奈川ブロック本拠地にて。

同様に混乱してパニック状態になっている焼肉派の連中に対してシゲアキは声を張り上げた。


「えー、お疲れ!とりあえず……焼肉行くぞ!!!」


ミサキの自宅にて。

ソファでうあーっと伸びをして、ミサキはようやく状況に心が追い付いてきた。


「あー、そうか好きなもの食べられるのか……。なにかな、お寿司……は夜かな。今は意外と……ラーメン?あれ、お店やってるのかな?」


そう呟くとなぜか分からないが小さくフフ、と笑みがこぼれた。



シンゴは考えた。

今まで一カ月間我慢してきた食の自由が解放され、自分は今何が食べたいのだろうか。

好きな食べ物、と聞かれていたらいつもラーメンと答えていたが。


「なんか……なんだ?」


考えていると逆に頭が働いていないような気がしてくる。


「……卵かけご飯か?」


日本人の食生活を一瞬様変わりさせ。

今まであまりに身近で気にしていなかった食べ物について、中途半端に見つめなおすきっかけを与えて、得体のしれない隣人は宇宙へ出発していったのだ。

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