第2話 母親
昇の好きだったハンバーグを作りながら、私は時々手を止めて窓の外を見た。
昇が入院してから、もう三週間になる。
玉ねぎを刻む手が止まる。
そういえば昇は、健太くんと一緒にハンバーグを食べるのが好きだった。
二人で取り合いになって、私が「じゃあ、大きいのを作りましょう」と言うと、嬉しそうに笑っていた。
その健太くんはもういない──
インターホンが鳴った。
「はい」
「美雪さん、裕美です」
健太くんのお母さんだった。
私は慌てて手を拭いて玄関に向かった。
「裕美さん、どうぞ上がって」
「お邪魔します」
裕美さんの顔は、一ヶ月前より少しやつれて見えた。
でも無理して笑顔を作っているのが分かる。
「昇くんの体調はいかがですか?」
「少しずつ良くなってるって先生は言ってくださるんですけど……」
私たちはリビングに座った。
裕美さんは持参した手作りクッキーを差し出してくれる。
「昇くんの好きなチョコチップクッキーです。健太が……よく作ってって言ってたから、作り方覚えたんです」
その言葉を聞いて、私の目から涙がこぼれそうになった。
「裕美さん、私の方こそ……健太くんのこと、本当に……」
「いいんです」
裕美さんが私の手を握った。
「あの子たち、本当に仲良しだったから。きっとあの子も昇くんのこと心配してると思います」
私たちはしばらく黙って座っていた。
「実は……」
私は言いにくそうに口を開いた。
「健太くんが亡くなってから、昇の様子がおかしくて……」
「どんな風に?」
「何か隠してるような……時々すごく悲しそうな顔をするんです。健太くんのことを聞こうとすると、黙り込んでしまって」
裕美さんは頷いた。
「きっと、昇くんは優しい子だから、人一倍辛いんでしょう……」
親友を失った悲しみ。
そうか、それだけなのか。
私は少し安心した。
私たちは二人の思い出話をした。
毎日のように一緒に遊んでいたこと。
秘密基地を作る計画を立てていたこと。
将来は同じ中学校に行くって約束していたこと。
裕美さんが帰った後、私は一人でリビングに座っていた。
昇の部屋はあの日のまま。
健太くんと一緒に読んでいた冒険小説が机の上に開いたまま置いてある。
◇
そして一週間後──
昇が息を引き取った。
私は昇の荷物を病院から持ち帰った。
着替えや本、そして小さなノートが一冊。
『日記』と表紙に書いてある。
昇が日記を書いていたなんて知らなかった。
私はノートを手に取った。
少し重い感じがする。
開けば、昇の最後の思いを知ることができるかもしれない。
でも同時に、怖かった。
何を怖がっているのか、自分でもよく分からない。
私はノートを胸に抱いて、長い間そのまま座っていた。
夕日が部屋を染めていく。
やがて日が沈んで、部屋は暗くなった。
私はようやく決心して、ノートのページを開いた。
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