ひびく

shiso_

第1話 病床

 白い天井を見つめていると、時間の感覚がなくなる。


 昇は小さくため息をついた。

 隣のベッドのおじいちゃんは、今日も孫の話をしている。

「昇くん、君いくつだったっけ?」

「十歳です」

「そうか、うちの孫と同じくらいだな。今度お見舞いに来てくれるんだ」

 昇は微笑んだ。

 本当は笑顔を作るのも疲れるのだけれど、隣のおじいちゃんは優しいから。


 看護師さんが検査に来た。

「今日もたくさんお花をもらったのね。昇くん、おじいちゃんのところに、少し分けてもらえる?」

「はい」

 昇は黄色いガーベラを三本選んで看護師さんに渡した。おじいちゃんの顔がぱあっと明るくなった。

「ありがとう、昇くん。君は本当に優しい子だね」


 優しい子。


 昇の胸の奥で何かがきゅっと締まった。


 午後、お母さんが面会に来た。

 いつものように心配そうな顔をして、昇の手を握る。


「今日の体調はどう?」

「大丈夫」

「そう……よかった」

 お母さんの目が少し赤い。

 きっと昨日も泣いていたんだ。

 昇はもっと元気そうにしなければと思った。


「お母さん、健太は……」

 言いかけて、昇は口をつぐんだ。

「健太くんがどうしたの?」

「ううん、何でもない」


 お母さんが帰った後、昇は枕元の小さな引き出しを開けた。

 そこには一冊のノートが入っている。

 表紙に『日記』と書いてある。

 昇はそっとノートを取り出し、胸に抱いた。


 ノートは少し重い。

 こんなに小さいのに、とても重い。


 夜になると、病院は静かになる。

 隣のおじいちゃんのいびきが聞こえる。

 外では救急車のサイレンが遠ざかっていく。

 昇はノートを抱いたまま目を閉じた。

 眠れない夜が、また始まる。

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