第13話 泥んこ聖女 と 秘密の特訓


 それじゃあさっそく秘密の特訓開始だ。

 そう言って講堂をこっそりと抜け出したわたし達は、近くにあった謎の庭園で聖餐器づくりの練習を始めていた。


「ハイネさま、本当にここに入って大丈夫なんですか」

「大丈夫大丈夫、ちょっと借りるだけだから」


 うん。ここなら誰にも邪魔されずのびのびと練習できそうかな。

 というわけで――、


「とりあえず、一度見てちゃんとアドバイスしたいからここで聖餐器を作ってみてくれる?」

「わかりました!」


 そっと聖銀を手渡せば、緊張した様子で両手をかざすリリィが魔力を纏わせ始めた。

 聖銀に魔力が加わりグネグネと不格好な器が出上がっていく。


「――はぁっ、はぁっ、いか、がでしょう」

「うーんわかってはいたけど、やっぱり不格好だね」


 思ったことをバッサリといえば、わかりやすくショックを受けるリリィ。


「ああ、ごめんごめん。別に非難してるわけじゃないの。ただ魔力操作の流れが不安定だなーって思って」

「魔力操作、ですか」

「そっ、リリィはさ感情が高まって髪に魔力を通した経験ってない?」


 貴族の赤ちゃんが情緒不安定になるとよくある現象みたいだけど、どの素材にも言えることだけど加工する時は魔力をなじませると扱いやすくなるんだよね。

 

「いまみたいに素材に魔力を纏わせるだけだと魔力効率が悪くて疲れやすくなるんだよね」

「理屈はわかりますけど、聖銀にも魔力がありますわよね? どのようになじませるんですの」

「簡単だよ。纏わせるんじゃなく自分の魔力で染め上げるように自分の魔力を練りこむといいよ」


 ほらこの通り。

 そうしてリリィの魔力で固まった聖餐器をわたしの塗り替えてやれば、不格好な聖杯が熱で溶けたように崩れ、それを見たリリィが目を剥いた。


「聖杯が溶けた⁉」

「まぁいまのは魔力に物言わせて無理やり塗り替えたけど、少しでも魔力を練りこむと今みたいに少ない魔力で扱えるようになるの」

「すごいですハイネさま! こんなやり方初めて見ました! ハイネさまはいったいどこでこのような知識を得たのですか⁉」

「あーその、本からかな?」


 さすがに粘土研究で見つけましたとは言えないよね。


「それじゃあさっそくわたし流のやり方を教えるけど、とにかく聖餐器を作るときはこの動きが大事なの」

「聖銀が空中に――」


 そう。まずは立体的に聖銀の状態を確認できるようにするのが上達の第一歩だ。

 次に――


「リリィの作り方を見てて思ったけど。たぶんリリィって聖餐器を作るとき見本そのままの形を作ろうとしてるんじゃない?」

「――え、そうですけど、でも聖餐器とはこのようにに作るんじゃありませんの?」

「確かに聖餐器の作り方としては正しいと思うんだけど、初心者がいきなり見本の細部をマネして再現するのは難しいでしょ」


 だから、まずは一つずつ段階を踏んで進めると、やりやすくなるはずだよ。


「段階ですの?」

「うん。まずは聖銀は触っちゃだめっていう固定概念から忘れよっか」


 そうしてわたしは見本を見せるように、練り込むようにして魔力をなじませた聖銀を直に触れば、リリィが目を丸くするのが分かった。

 

「ほらボーっとしてないで真似してみて」

「――は、はい! えっとこ、こうでいいんですの?」

「そそ、イメージとしては聖銀の中に自分の体温をしみこませる感じかな?」

「わぁ⁉ なんだかさっきより柔らかくなってきたような気がしますわ」


 うん、いいね。

 ちゃんと魔力が練りこまれてる。


「それができたら次に魔力操作で聖銀をゆっくりと同じ方向に回転させて、聖銀の中心に指を入れて遠心力に任せて広げてって――そうそう、うまいうまい」


 やっぱり直に聖銀を触るという発想がなかったのだろう。

 原理を交えて実際に実践していけば、リリィの拙いイメージは驚くほど洗練されていき、自信なさげな顔に喜色の色が混じり始めた。


 この段階で物怖じしなくなったのか。

 わたしと考察を交えながらいろいろと試すようになったリリィ。 


 そして何回目かの練習の後――


「見本と同じ形になったら、あとは余分な聖銀の土台と底を切り離せば――」

「できた! できたましたわハイネ様!」

「うん。よくできました」


 張り詰めた空気を断ち切るように喜びの声が上がる。

 思った通り、このやり方の方が最終的にイメージに近づけるからか、リリィの手の中にはアフロディーナさまの見本とそっくりな聖餐器が握られていた。


「あの、どうですかハイネさま」

「うん。最初の頃よりずっと上手にできてる」


 出来たばかり聖餐器をいろんな角度から確認しながら、小さく頷く。

 気持ちの入ったいい作品だと思う。

 むしろ丁寧に作ってるぶん、わたしより才能あるんじゃないかな?


 そうして先生になったつもり聖餐器の出来を褒めてやれば、よっぽど嬉しかったのか照れくさそうな笑みが返ってきた。


(練習を見ていて思ったけどやっぱりリリィって意外とセンスがいいんだよね)


 理論立てて教えたらあっという間にものにしたところを見るに、きっとわたしと違って地頭がいいんだろう。

 わたしの周りには先生に言われるままに創作するタイプが多かったから、ちょっと教えていて意外な質問が飛んできたりして楽しかった。


(もし同じ粘土が完成したら、リリィってどんな作品を作るんだろ)


 世界が違えば同じ捜索を志す芸術家として仲良くなれたかもしれない。

 まぁ、あくまでそうなれたらいいなーというわたしの願望で、実際に粘土なんて見せたら失神してしまうに違いないけど。


 ――とりあえずわたし以外にも似たような作り方でも作れることが証明できたわけだ。


「これで周りに見せても恥ずかしくない聖餐器が作れるね」

「本当に何とお礼を言ったらいいか。おかげで退学にならずに済みそうですわ!」


 そう言うなりハッとなって口元に手をやるリリィ。そして恐る恐るあたりを見渡したかと思えば、申し訳なさそうに眉を顰め、心配そうにわたしの耳元に顔を寄せてきた。

 

「あの、ここまで教えてくださるのは嬉しいんですけど、いいですの? わたくしにこんな大事なこと教えて」

「え、やっぱり迷惑だった?」

「とんでもないございません! ――ですが、その、ハイネ様のお家はたくさんの聖女さま出してる家ですし、もしかしたらこの方法もレイベリオン家の秘術なのかなって思いまして」


 あー、どうだろ。

 確かにそういう見方もあるかもしれないけど。


「このやり方に関してはわたしが考えたものだから構わないんじゃない?」


 この世界じゃあまり一般的な方法じゃないみたいだし。

 実際、陶芸のないこの世界じゃ完全にオリジナルのようなものだ。


「むしろ、他の子たちにも教えてあげると嬉しいな」

「え⁉ 教えてしまってよろしいのですか⁉」

「まぁぶっちゃけわたしが独占してても仕方のない技術だしね」


 それに言っちゃなんだけど、このやり方は目立つ。

 秘匿しようとしまいとわたしがリリィに教えたと知れれば、必然的にわたしの技術を知ろうといろんな子がリリィに群がるのは目に見えてるし、


(それにわたしばっかり目立つのは後々のことを考えるとまずいんだよね)


 リリィには申し訳ないけど、わたしの代わりに大いに目立ってもらわなければ困るのだ。


「あ、でも教えるとき自分の魔力量には注意してね」


 わたしも粘土研究が楽しくて、調子に乗りすぎたことがあるからわかる。

 魔力切れって結構つらいんだよね。

 そう気軽にアドバイスしてやると、ぽかんと口を開けたリリィからキラキラした目で見られた。


 あれ? わたし何か変なこと言ったかな?


「つまりこのわたくしをハイネさまの派閥に入れてくださるということですね?」


 え、いや別にそういう訳じゃ――


「礼節には礼節をもって返すのが我が家の家訓! わたくしリリィ・メビリウスはハイネ派の信徒としてハイネさまに生涯を尽くすことをここに誓いますわ!」

「ハイネ派⁉」


 なに、その新興宗教みたいな派閥!


「こ、困るって。わたし別にリリィを取り巻きの一人にしようとか、そんなつもりで教えたんじゃないんだから⁉」

「だったらなおさらその高潔なお心に胸を打たれましたわ! わたくしをぜひハイネさまの派閥に入れてくださいませ」


 うおお、なんだか知らないけど決意が固い⁉

 まるで騎士の誓約のように片膝をつき、わたしを見上げてくるリリィに冷や汗が止まらない。


(というかこの子、こんな性格だったっけ⁉)

 

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