第11話 泥んこ聖女、ただいま錬成中ぅぅぅッ⁉
アフロディーナさまの忠告の後、魔力を帯びた風が巻き起こったかと思えば、わたしを中心に眩い光が講堂を照らした。
まるで鈴を鳴らすような硬質な音が鳴り、澄んだ匂いが鼻孔をくすぐる。
ううっ、いったい何が起こってるわけ⁉
そうして反射的に閉じた瞼を恐る恐る開けば、――わたしの手のひらの上に大人の拳くらいの金属が生まれつつあった。
周りからわぁっと感嘆の声が上がり、どんどん白銀の塊が大きくなっていくけど――ちょっとまって! これ止まる気配がないんだけどっ⁉
(あ、これもしかしてわたしの魔力を使って、魔法を代入りで行使しているから⁉)
だって、体の中から無理やり魔力が抜けていくのが分かるし!
現にわたしの魔力を使ってぐんぐん成長していく白銀の塊。
このままじゃ魔力使い切っちゃって干からびる!
慌てて魔法を行使しているアフロディーナさまを見れば、なぜか「もう少し頑張れますね?」とニッコリと微笑まれた。
そして聖銀の錬成を続けながら行われた『公開座学』という名の耐久レースは、限界まで行われ、
「皆さんが聖女になれたらまず。浄化というスキルを授かります。そして、晴れて聖女として神聖魔法を極めるとこのように、みなさんご存じの聖銀を作り出せるようになるのです」
そういって汗びっしょりで崩れ落ちるわたしを満足げに見下ろしながら、アフロディーナさまがみんなに聖銀の尊さについて説明していた。
みんなが口々に大聖女のチカラのすごさを讃える。
たしかにすごいよ。
でも長時間、意図せぬ魔力供給で搾り取られたわたしはというと――大聖女様の偉業には目もくれず、、たったいま目の前で生成されたばかりの聖銀を凝視し、その魔力の動きと原理をひとり分析し、興奮していた。
(――そうか! 前々からどうして巫女見習いでもないわたし達が聖銀を扱えるのか不思議に思ってたけど、要するに聖銀っていうのは魔法の結晶体だったんだ!)
水に冷気を込めることで氷を生み出すように、魔法も高濃度に圧縮させることで結晶化させることができるんだ。
魔粘土の実験でも、魔石を魔力で溶かす際にいくつか似たような現象を見たことがあるけど、
(純粋な魔法が結晶化する瞬間は初めて見たかも)
へー、魔法を結晶化させるとここまで純度の高い魔石になるんだ!
道理でいくら似たような金属を探しても探しても見つからないわけだよ。
すると慈愛の笑みを浮かべたアフロディーナさまが優しくわたしの背中を擦りはじめた。
「大丈夫ですかハイネさん。その、イシュタリアさまから才能があると聞き、少し無理をさせてしまいましたが。まだ気分が悪いなら今日の指導は休んでも――」
「すごい!」
「え?」
「こんな方法で聖銀が作れるなんて知りませんでした!」
興奮気味に声を上げれば、わたしは先ほどまでの疲れも忘れ、勢いよくアフロディーナさまの手を取っていた。
「魔法の純度を高めることによる結晶化。つまり属性を統一することで、魔法の効果を維持したまま固体として扱いやすくしてるんですね!」
「え、ええ、それで体調の方は――」
「となると、そうか! 今までの魔粘土実験で魔石がうまく混ざらなかったのも魔力量じゃなく属性が関係して――」
「ハイネさん、ハイネさん?」
「はい! なんですかアフロディーナさま?」
「それで体調は」
「全然大丈夫ですッッ!」
むしろ忘れないうちにもっとやってほしいくらいです!
「そ、そうですか。大丈夫なようなら安心しました。普通、これほどの量の聖銀を錬成すると多くの方は失神するか、その場から動けなくなる方が多いので」
「そうなんですか」
でもなるほど。
たしかに言われてみればちょっとだるいかも。
でも粘土研究で使う量よりはもっとマシだし、このくらいはどうってことない。
すると「どういうことなの」と小さく呟いたアフロディーナさま。
うん? わたし何か変なこと言ったかな?
そして間をおいて気を取り直したように咳払いをしたアフロディーナさまが、たった今できたばかりの聖銀を豆腐のように掬い取り、聖餐器を作りながら、聖銀について説明し始めた。
「皆さんも知っての通りこのように錬成した聖銀は聖餐器の材料として使われます。より純度の高い神聖魔法を使えば、より質のいい聖餐器が生まれ、肉体に宿る穢れを浄化する以上に、神々との繋がりをより深くなります」
へぇ、神聖魔法にはそんな効果があるんだ。
「これを『存在真価』と呼び、わたくしたち貴族は真に神々と同じような奇跡の術を行使できる肉体を得ることができるようになるのです」
するとその情報は初耳なのか。
ざわざわ、興奮しだす生徒が増えてきた。
それにしても――
「神々とのつながりを深める、か」
大人たちがやたら聖餐器の質にこだわってたけど、そんな理由があったんだ。
たしかに洗礼の儀が終わっても、人生は続く。
ギフトを授かって、はいおしまいじゃない。
そのあと神託で示された自分の才能をいかに極めるかが大切になってくる。
(つまり聖餐器を使うと、その後のスキルや魔法の成長率に影響を及ぼす、ということなのかな?)
道理であのプライドの高い大人たちが、聖女の存在を崇めるわけだよ。
うん? でも待てよ?
聖女になることで魔力の特性が変わり、聖女の魔力で聖餐器を作ることで質のいい聖餐器ができるのは、まぁわかる。
実際に体験した通り、聖餐器の原料である聖銀は神聖魔法でしか作れない。
だとしたら――
「まだギフトを授かってないわたしたちが作った聖餐器って、ほんとに聖餐器なのかな?」
心のなかで小さく呟いたつもりだったけど、一斉に視線がわたしに集中した。
しまった⁉ 研究モードに入りすぎて、つい独り言が漏れ出ちゃった。
「ハイネさん? どうしてそのようなことを?」
「いや、その――普通に魔力操作で作れるのならみんなで作ったら、貴族だけじゃなく平民にもいきわたるんじゃないかなと思いまして」
「――……ほぅ、なるほどハイネさんは面白いことを考えますね」
すると先ほどまで柔らかかったはずアフロディーナの目元がスーッと細くなり、わたしは本能的に姿勢を正した。
「……たしかにハイネさんのおっしゃる通り、聖餐器の効力は神々からのギフトを賜らないと効果は十全に発揮しません。いまの発言を聞いて、この中には自分の作った聖餐器は無駄だったとがっかりした人もいるでしょう。――ですが、心配ありません。あなた方が練習で作った聖餐器は他国に輸出されるのです」
「――他国に?」
「ええ。外国にも聖餐器を必要としている方は大勢います。そういう方々にあなた方の聖餐器は使われているんです」
えーとつまり、あまり使い物にならない商品を他国に売り渡しているわけですよね?
それは詐欺では?
とは死んでも口に出さない、くらいにはわたしも大人だった。
「……ではアフロディーナ様、質問なのですが。こんなにたくさん作ってるのに、平民には一つも流れないのですか?」
「当然でしょう? オークにバラ香水が必要ないように、聖餐器は穢れを受け入れた者には過ぎたるものです。この尊き奇跡は、わたくしたち選ばれし貴族にこそ必要なものですから」
うわ、でたよ。貴族至上主義。
聖餐器が魔法で作られているのならその特性上。神聖魔法の輝きがなくなれば器が自然と消滅するのは、まぁ仕方がない。
貴族の数に対して、供給できる聖女の数が追い付いていないらしいし。
必然と物資が必要なところに優先的に供給されるのは、どの時代でも変わらないけどさぁ――
(もうちょっと言いかたってものがあるんじゃないかな?)
頭の中に親友の顔が思い浮かび、たまらずムッと頬を膨らませる。
「皆さんはまだ幼く、知らないことの方が多いかもしれませんが、聖餐器を作るのは、外の国で生きる野蛮な方々にはできないことです。そして彼らとわたくしたちの違いは一つ、神々に選ばれる行いをしてこなかったです。ですので、わたくしたちが他国にできない恵みをもたらすことで、多くの国々は自らの意思でわたくしたちを『援助』してくださっているのです」
ああ、外国からの輸入品で聖都が異常なほどに潤っているのはそれが理由か。
わたし達みたいな子供には知る必要がないと、『外』の情報を極端に制限されているけど、外の世界は相当大変みたいだね。
すると、これまで朗々と語っていたアフロディーナがまるで説明を締めくくるように背後の銅像に向かって大きく腕を広げると、彼女の声に応えるように女神の姿を模した像から神々しい光があふれ出し、
「いいですか若き見習いの皆さん。私たち貴族は敬愛すべき神々から寵愛を受けた選ばれし存在であり、その口に入るものすべてを聖別しなければなりません。この学園で学び培ったあなた方の聖餐器は将来、多くの人を救済することができる可能性を秘めています! 選ばれし巫女見習いとなれるようこれからも日々、神々に感謝をささげ、真剣に聖務に取り組んでいきましょう!」
「「「「はい」」」」
世界をひっくり返すような見習いたちのキラキラした声が講堂内に響き渡るのであった。
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