第9話 泥んこ聖女 と 聖銀
リリィの話を詳しく聞けば、どうやらわたしが魔粘土製作の疲れでウトウトしている間に、先生たちから連絡があったらしい。
いつもであれば聖堂の清め、神々に感謝の祈りを捧げる午後。
やけに念入りに身体を清められた聖女見習いたちが、都市部の中枢を担う聖堂教会の講堂に集められていた。
「それではみなさん、魂の清めは済みましたか」
「はい!」
「よろしい。それではさっそく聖堂へ参りましょうか」
そうして元気よく返事をすれば、わたし達はしずしずと先導する先生の後ろついていった。
気分はまさに林間合宿。
普段優雅たれと教え込まれている貴族の淑女たちも、さすがに今日この日は浮足立っていた。
そう、それもそのはずなにせ今日は――
(待ちに待った実習!)
学園に入学してから約三か月。
今まで聖銀を模した魔道具で聖餐器をつくる練習をしてきたが、その頑張りが認められたのか。
なんと、聖女見習いであるわたし達が聖餐器を作ることが許されたのだ。
練習とはいえ、実際に聖女しか扱うことの許されない聖銀を使っての聖餐器づくりともなればこれ以上の名誉もないだろう。
(まぁ、わたしは魔粘土づくりに浮かれてたからまったく聞いてなかったけど)
リリィが教えてくれなければ危うく、大恥をかくところだったよ。
人間、やっぱりしっかり寝ないとダメだね。
そうして己の所業を反省しながら薄暗い廊下を進んでいけば、周りからチラホラと抑えきれない声が聞こえてきた。
「なんでしょう、先生から言われて覚悟しておりましたが、わたくし、いまさらながら緊張してまいりましたわ」
「仕方ありませんわマロンさま。なにせ聖女さま自ら、わたくしたちに聖銀の扱い方を教えてくださるのですもの」
「わたくし、絶対に一番きれいな聖餐器を作って、お父様に褒めてもらいますの」
うんうん、そうだよね。
ワクワクするよね。
わたしも初めて粘土に触るとき、こんな感じだったなぁ。
前世の記憶に思いをはせ、そのまま廊下を進んでいけば、案内されるたのは、一般人が立ち入れないよう厳重に警備された大聖堂の奥へと続く通路だった。
(うわ、すごい警備の数)
まぁそれも仕方がないか。
なにせ、ガラス張りの壁の奥には、素人目でも高価と分かるような見事な細工のなされた銀色の聖餐器が並べらべれらてるんだから。
初めて入ることを許された子供たちが興味深そうに、壁際に飾られた聖餐器を凝視する。
朗々と語る年嵩の先生曰く。
どうやらこの大聖堂に、この国を支えてきた歴代の大聖女さまたちの作品が展示されているようだ。
その他にも出来が良かったりした聖餐器はみな、ここに保存されているらしく。
そのため、厳重な警備が施されているそうだ。
「先生、質問です! 出来のいい聖餐器は展示されるとのことですが、ではわたし達が作った聖餐器もいずれここに展示されたりするのですか?」
「ええ、みなさんが聖女となった暁には一度お披露目で、在学中に作った聖餐器を発表する規則になっています。ですので、今回の実習を経て、みなさんも女神さまの御前に出しても恥ずかしくない作品を作れるよう、真剣に学びましょう」
「「「「はいっ!」」」」
年嵩の先生の説明に、キラキラと憧れの眼差しを向ける聖女見習いたち。
だけどここまで来ると、みんな緊張し始めてきたのか。軽率に声を上げる子はいなくなった。
そしてそれはわたしも例外ではなく――
「ここが今日から皆さんが使うことになる祭祀場です」
重々しい扉をが開け放たれた瞬間、ブワリと全身が泡立った。
そこはまさしく古の祭祀場というのにふさわしい、神秘的な講堂だった。
まず、一番にわたしの目を引いたのは、講堂の中央に鎮座する女神の姿をかたどった白銀に輝く銅像だった。
おそらく女神イシュタリアを模して造られているのだろう。
まるで礼拝場だ。と感じたわたしの本能は間違っていなかったようで、その銅像を取り囲むかのように作業台らしき祈祷机が設置されている。
だけど、わたしの視線は銅像そのものではなく、その銅像に使われている素材に釘付けになっていて、
(あれが、聖銀)
一目見て、アレが聖餐器に使われている素材だとわかった。
なにせ、空気が洗練されているというか、肺に入る酸素が外と比べて別物なのだ。
空間全体も扉を隔てて『こちら』と『あちら』では、部屋の純度が全然違う。
まるで前世の頃、祖父に連れて行ってもらった奈良の大仏と初めて対面した時のような神聖な『圧』を魂で感じる。
道理でみんな聖餐器が特別だと思うわけだよ。
(だけど焼き物だって負けてない。この秘密を解明してわたしの粘土研究に応用できれば、きっとみんなも大地のすばらしさを理解してくれるはず)
だけどワクワクしていたのは、わたしだけだったらしい。
他の聖女見習いたちの視線は聖銀の銅像を通り越して、ある一点を見つめているようで。
「ねぇ、あれって」
「どうしてあの方がここに」
もしかして、わたし達を指導してくれる聖女さま?
人垣を掻き分けて前に出れば、誰もが恍惚と憧れを混ぜたような視線を向ける先――銅像の下に見覚えのない女性がこちらに視線を向けニコリと微笑んでいた。
桃色の宝石がちりばめられた額冠に、白い巫女服。
橙色の髪は波打つように長くウェーブがかり、どこか包容力のある聖母を思わせる柔らかい顔つきが、見る者を魅了する。
しかもこの国で白い巫女服を着ることが許されているのは、この世界で四人しかいないはずで――
「ごらんになって! 南の大聖女アフロディーナさまだわ!」
そんな喜色に染まる歓声が次々とあがり、わたしは思わず顔をしかめるのであった。
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