第17話 泥んこ聖女、『泥』まみれになる!
――そして翌週。
洗礼の儀が間近に迫り、新しく入る新入生を迎える準備で学園が慌ただしくなった頃に、わたしは一人、ひと塊の聖銀と向き合っていた。
待ちに待った洗礼の儀。
その主役として、聖餐器をお貴族様の前で発表するため頭を悩ませているのだが、
ここは無難に大聖女さま達の作品からインスピレーションを得て、神聖さを取り入れるべきだろうか?
いや、いっそもっと豪華に絢爛な形にするべきかな?
(待ちに待った洗礼の儀。貴族をあっと言わせるためには――)
――見えたッッ!
カッと目を見開き、すかさずひと塊ある聖銀に手を伸ばす。
感性のままに生涯で一番の作品を作る意気込みで魔力を込める。
よし、だいたいの輪郭は出来上がった!
あとは仕上げにありったけの魔力を聖餐器を込めて、聖銀の魔力許容量を飽和させれば――
「――ハイネさま! 戦争ですわッ!」
「ふえ⁉」
突然扉をぶち破るように現れたリリィの叫びに、炸裂した魔力が行き場を失い、わたしは部屋中に聖銀をぶちまけるのであった。
「同好会ぃ?」
「はい! 来年、聖女になる見習いのためのお勉強会のようで、この間の品評会で表彰されるような選ばれた者だけが出席できる特別なお茶会です!」
そういって散らばった部屋を片付ければ、わたしとリリィは学園に内緒で作った秘密の作業場で休憩していた。
リリィの話をまとめると、どうやら洗礼の儀の二日前に開催されるお茶会への二人で参加しないかと招待があったようなのだ。
「これはまさしく、わたくし達に対する挑戦に違いませんわ」
と珍しく、闘争心全開で闘志を燃やすリリィ。
聖女であるお姉さまたちから見習いにお声を掛けられることは滅多にない。
滅多にない交流の機会に気合を入れるのはわかるけど、なんでそこで戦争になるのかわからない。
そもそも――
「あのーリリィ。興奮しているところ悪いんだけどわたし、洗礼の儀でお披露目する作品を作らないといけないんだけど」
そういって窓の外を除けば、ガラスに映ったわたしの顔には、クッキリと黒い隈が浮かんでいた。
そう、わたしは現在――締め切りに追われていた。
ここ、聖エルジア女学園には、卒業する際に必ず貴族たちの前で自分の最高傑作をお披露目するのが通例となっている。
もちろん、今年学園を卒業するわたしも例に漏れず、作品を真面目に作ったつもりだった。
だけど――
『うーん、これもコレで味のあるいい聖餐器なのですが、ハイネさんは本学園で一番の最優秀者なのですから、もっとふさわしい作品を作っていただかなければ困りますわ』
と、まさかのリテイクを喰らったのである。
しかも先生たちの中ではわたしが聖女になるのはすでに確定路線なようで、洗礼の儀の直前である一週間までに仕上げろとオマケつき。
(いくら聖餐器を作るのに仕上げの工程がいらないからって、いくらなんでも急すぎるでしょ⁉)
もちろん聖女になるつもりなんてないよ?
でも依頼された以上、手を抜くのは陶芸家としての誇りが許さない。
結果――「最優秀取れるくらいだし、ハイネさんならみんなをあっと驚かせるような作品を作れるよね?」的な無茶ぶりに苦しめられ、連日連夜、徹夜の日々を送る羽目になっていた。
「だからさすがにお茶会に出る余裕はないかなーと」
「ええ、わたくしも同じく入賞者。ハイネさまのプレッシャー、このリリィにも察して余りあるほど理解しているつもりです。ですが――こんなことを言ってはなんですが、これはわたくしたちの将来を賭けた女の戦いなのですッ!」
「女の戦い?」
「はい。聖女となった今後を決める序列争いと言い換えてもいいくらいです」
「またまたお茶会一つで大げさだなぁ」と口走れば、「笑い事ではありません!」とリリィの瞳がカッと見開き、現在、出席が確定している見習いたちの名前を読み上げていく。
どうやらここ、聖エルジア女学園だけでなく、他の学園に通う有望そうな聖女見習いたちも招待されているらしい。
「けど、なんだってこんな忙しい時期に。お茶会なら卒業した後からでもいくらでもできると思うんだけど――」
「おそらくこの忙しい時期だからこそだと思いますよ?」
「というと?」
「これはわたくしが先生から聞いたお話なんですけど、なんでも見習いが聖女になる際に様々な引継ぎがあるそうで、貴族関係からお作法まで覚えることがたくさんあるみたいなんです」
だから慌てないようにするためにこれを機に見習いのうちに交流を持ちたいとのことで、急遽開催することになったそうだ。
(ああ、なるほど、つまり顔合わせをしたいってことかな)
それで、こんな大事な時期にそんな大それたことをやり始めようなんて言う主催者といえば一人しかいない。
「はい。アフロディーナさまです」
あ、やっぱり?
道理でリリィが闘志全開になってるわけだよ。
「それだけでなく噂ではその日には各地の大聖女様も来てくださるそうです」
「……他の大聖女ねぇ」
大聖女と言われて、思い出すのはあのアフロディーナさまの顔だ。
あの指導以来会うことはなかったけど、どうにも価値観が相いれないというか苦手なんだよねぇ。
もし大聖女全員が、アフロディーナさまと似たような考えだと、確実に厄介なことになるような気がするんだけど。
「――ねぇリリィ、招待状が届いたってことはさ、これわたしは強制参加ってことになるのかな?」
「ハイネさまがあまり目立ちたがらないのはわかりますけど、聖天イシュタリア章を授与されたほど有名人で、いわばこの学園の代表者でもありますから、欠席するにはそれ相応の理由が必要かと」
「だよねー」
ただでさえ、最近目立ち気味で、実家からお見合いの姿絵がしつこく届くほど顔が売れ始めたのだ。
つまりここで欠席するってことは、このお茶会を設定した大聖女たちの顔に泥を塗りたくる行為に他ならず、貴族社会全てを敵に回す行為ってことで。
「ゆえに戦争ってことね」
「そういうことです!」
ようやくわたしの理解が追い付いたのか。フンスと鼻を鳴らし気合を入れるリリィ。
まぁ、参った。
正直気乗りしないけど、さすがにこれは出席しなきゃいけないのはわたしでもわかる。
「――仕方ない。リリィ、今回も悪いんだけどわたしのフォロー頼んでもいいかな?」
「はい、最初からそのつもりなので問題ありません。ハイネさまのオトモダチとして不埒な輩には絶対に近づけさせませんわ」
「はは、それじゃあ頼りにしてるね」
でもやっぱり、ただ招待されるまま敵地に乗り込むのは危険だよね?
ならさ――
「どうせならお望み通り派手に目立ってやろうじゃん!」
そうしてわたしは、部屋の隅に置かれた色とりどりの『鉱物』に手を伸ばし、
――待ちに待った一度限りの社交会。
大聖女の慈悲により、洗礼の儀の前に身体の内に溜まった穢れを浄化するため、という名目で集められた聖堂には、いくつもの名だたる権力者の娘たちが集まっていた。
「それでは神々から与えられし聖なる恵みに感謝していただきましょう」
「「「「「我らの女神イシュタリアさまの慈悲に感謝します」」」」」
大司教のおじいちゃんが、祈りを捧げて、一斉に聖餐を囲む。
さすがは造形と素材に並々ならぬこだわりを持つ、貴族の食卓だ。
淡白く輝く聖餐器の中にあるごちそうは、職人が飾りたてたように美しく盛り付けられていた。
相変わらず、うっとりするような造形技術だ。
聖餐器の中にある料理そのものが聖餐器の浄化作用により清められ、料理を食べることで内側から魂の穢れや罪を浄化してくれるらしいけど。
「――聖餐器を使うと一気に味が薄くなるのが難点なんだよね」
「そうですか? いつも通りおいしいと思いますけど」
そう小さく呟いて上品に切り分けた料理を口に運ぶと、隣に座るリリィが不思議そうに首を傾げた。
(ああ、これはアレかな? わたしに前世の記憶があるせいで特にそう思うだけなのかな?)
下町の料理を食べ慣れると特に感じることだけど、貴族の食事は基本的に薄味というか、物足りないんだよね。
まぁ食べられないことはないし、見ていて造形の勉強になるからこれはこれで楽しいんだけど。
「それにハイネさま、今日はずいぶんと珍しい装いですね。いつもの聖餐式なんて控えめでいいといって、あまり目立たない修道服でさんかしていましたのに」
ああこれね。
「さすがに、大聖女さま達からのお呼ばれだったから今日くらいはね。どう? 新しくドレスを新調してみたんだけど、似合ってる?」
「ええ、とってもお似合いですわ!」
そういって友人の賛辞に自慢げに鼻を鳴らせば、ふわりと朝焼けを思わせるような白を基調としたドレスが、キラキラとした宝石ビーズがシャンデリアの明かりを眩く反射させる。
「あの、不躾ですがこのドレスはいったいどこのブランドですの? わたくしもこの日のためにドレスを新調したのですが、このような素敵なドレスを見た覚えがなくて」
「ああ、これはナタリィ商会っていうお抱え商会が作ってくれたドレスで、今日が初お披露目なの」
「なるほど、お抱えの商会の新作でしたの。道理で見かけないはずですわ」
ほんと、ナタリィに当日までに用意してほしい『素材』があると無理を言っただけあってすごい作品ができたよ。
これはナタリィがわたしの卒業式のためにと用意してくれたドレスに、わたしが魔粘土を使って装飾を施した、この春の売り出す『商品』の一つだ。
キラキラと全身を彩る宝石一つ一つが、すべて魔石を溶かして作った強力なお守りで、わたしの身体はいま、無数の魔粘土の結晶体で守られている状態になっている。
極めつけはこの首飾り。
大粒の魔粘土製の宝石と聖銀のコラボレーションは、見るものが見れば誰もが欲しがる一品に仕上がっているはずだ。
(ナタリィからも『死ぬ気で宣伝してね?』って念を押されてるし、ここはしつこいくらいに宣伝させてもらうよ!)
魔粘土が世に広がるきっかけになるんだったら、気恥ずかしい可愛いドレスだろうと着る覚悟がわたしにはあるッ!
「どう、この首飾りも似合ってるでしょ?」
「ええ、キラキラとした宝石がハイネさまの白い柔肌を引き立たせているようで、とてもお似合いですわ!」
うん、見た目はただの宝石だからね。
すでに打ち合わせ済みとはいえ、大げさなくらいに心から褒めてくれるリリィの反応が嬉しくて仕方がない。
すると、先ほどからわたし達の会話が気になっていたのか。
チラチラと興味深そうに遠目からわたし達の様子を確認しているのがわかった。
(ふっふっふー、いくらお堅い聖女とは言えまだ年端もいかない女の子。やっぱりキラキラしたものは気になるよね)
やっぱり見た目が汚らわしい粘土と分からなければ、みんな興味を持ってくれるらしい。
周りを見た感じ、反応はとりあえず上々といったところかな?
これを機に聖都に魔粘土製の商品を流行らせて、ゆくゆくは貴族の流行となれば、後々完成させるであろう本物の陶器ができた時にも受け入れてもらいやすい土壌ができるはず!
(これぞ、見た目をごまかして魔粘土を流行らせちゃおう作戦ッッ!)
ふっふっふー、君たちは知らず知らずのうちにこの美しさに魅了され、汚らわしい大地の魅力に憑りつかれるようになるのだよ!
そして堅苦しい聖餐式が終われば、お待ちかねの交流の時間だ!
大聖女さま達が待つボス戦みたいな交流会も、魔粘土のすばらしさを布教する場と思えば楽しみでしかない。
さぁ、来い。みんな、魔粘土の美しさの虜にしてあげる!
そうして待つこと十数分。
聖堂の大広間は和やかな歓談の席へと切り替わり――
「――誰も近づいてこないね」
「ですわね」
臨戦態勢のわたしとリリィを中心に、まるで隔離中の猛獣がぽつんと宴会に迷い込んだような不思議な空間が出来上がるのであった。
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