第3話 泥んこ聖女、女神さまに敗北するッ!


 どうやらわたしは、漫画でよくあるような異世界転生を果たしたらしい。

 どうも遠野美琴、改め、ハイネ・レイベリオンです。


 突然だけど、みんなは神様というものを見たことあるだろうか?

 残念ながらわたしはない。

 こちらの世界に転生して以来、ずっとこちらの神様に感謝のお祈りを捧げているんだけど、どうやらわたしの願いは届く気配はないらしい。


 だけどもし一度、私をこの異世界に転生してくれた神様に出会える機会があるのなら、じっくりと、それはもうじっっっくりとモノ申したいことがあるので、ぜひ機会を設けてもらいたい所存である。


 そんなわけで異世界に転生し、すくすく成長すること5年。

 この世界で過ごしてきて、わかったことはどうやらこの異世界では日本神話なんかとは違い、本当に『神様』というものがいるということだった。



 ――聖霊都市ウルシュメル。

 建物のすべてが白く清潔で、一点の曇りもないまるで神々が自ら作り上げたような巨大都市。

 それが、わたし達が暮らす国の名前だ。


 この世界の大地は女神イシュタリアの慈悲によって作られた、という常識が当たり前となっていることからもわかる通り。

 どうやらこの国では、わたしの住んでいた日本とは違い、女神イシュタリアを主神とした女神信仰が根深く根付いているらしい。


 なんでもここ聖霊都市ウルシュメルの民ははるか昔に、女神イシュタリアによって救われた歴史があるらしく、空を覆う神聖結界のおかげで今でもわたし達は魔物の脅威にさらされず、豊かな暮らせているようなのだ。


 正直、あまり実感はない。

 だけど、この土地はあらゆる生物にとって最も暮らしやすい土地だということだけはわかる。


 ただでさえ結界の外に一歩でも出れば危険な魔物が跋扈し、作物の育たない不毛な大地に囲まれている過酷な土地。

 そんな危険な土地で水も食べ物も不自由することなく使える上に、年中快適な気温が保たれているなんて、前世の記憶があるわたしから見ても楽園の名前にふさわしい環境だと思う。


 実際この都市に住む多くの人たちのなかで、女神イシュタリアの慈悲に感謝しない人はいない。

 みんながみんな、幸せそうな顔をして暮らしている。


(――まぁ若干一名。ここに女神さまにモノ申したい女の子がいるんだけど)


 そんなわけで、わたし――ハイネ・レイベリオン(5歳)は、屋敷をこっそり抜け出し、お忍びで平民街で開かれているパレードを見物しにきている最中だった。


 理由は単純、この日でなければ手に入れられないお宝があるからだ。


 なにせ今日は、年に一度の建国祭。


 貴族の娘。それも子供一人が勝手に外を出歩こうものなら、間違いなく通報騒ぎになる状況にもかかわらず、わたしはフードを目深にかぶって平民の格好に変装して、パレードに参加していた。


 バレたら間違いなくお説教だけじゃ済まない。

 それでもわたしには屋敷を脱走しならない理由があって―― 


「ねぇハイネちゃんまずいって! もうやめようよ!」

「大丈夫だからナタリィは大人たちが声かけてこないか見張っておいて」


 物陰に息をひそめ、高鳴る心臓を無理やり抑え込む。


 絶対、絶対にこの辺にあるはずなんだ。


 そうして友人の制止を振り切り、ゴソゴソと頭を突っ込む形で花壇を荒らせば、わたしは目の前の『お宝』を前に目を輝かせていた。


 傍目から見たら異常者に見える奇行。

 だけど、今日ばかりは誰も文句を言う人はいなかった。

 

(なにせ今日は年に一度の建国記念日。それも大聖女さまの身体を借りて女神イシュタリアさまが降臨する大事なお祭りなのだもん。みんな大聖女さまを見上げるのを必死で、足元なんか気にしないはず)


 現に煌びやかな音楽に合わせて手を振る大聖女さまに夢中で、子供が一人、花壇に頭を突っ込んでいる状況を注意する人は誰もいない。

 

 正直、わたしも女神さまにいろいろと『モノ申したい』ことがたくさんあったので、実際にお目通りしてみたかった気持ちはある。

 でも、それ以上にわたしの心のなかを占めるのは、あの日失われた『陶芸』に対する熱い思いで――


(今日こそ絶対に見つけてやるんだから!)


 見つかれば即死刑の危機的状況。

 そんな圧を背中に感じながら、手が土で汚れるのも構わずに目的のものを探す。

 そしてついにわたしの長年、追い求めた粘土に対する想いが届いたのか。

 指先になじみのある固い感触が伝わり、わたしは無意識に喜びの声を上げていた。

 

「――あ、あった⁉」


 思わず声を弾ませ、目的のものを掲げれば、わたしの手の中に白い石が握られていた。


 どこにでもあるようなただの石。

 だけど、これこそがわたしが危険を承知で屋敷を飛び出した真の理由で、


「これでやっと本格的に粘土づくりができる」


 そういって顔が汚れるのも構わず、頬ずりする。

 あとはこれを持ち帰って、誰にも見つからない場所に隠せばミッションクリアだ。


(苦節の5年。ようやく陶芸づくりの手がかりがこの手に!)


 そう安堵するのも束の間。

 突如、わたしたちを取り巻く観衆の中からわっ! と歓声が沸き上がった。


 何事かと思い顔を上げれば、突如、白い石の代わりとばかりに銀色に光る小石のような『お守り』がゆっくりと放射線を描いて迫りくるのが見えた。


(あ、ヤバい。死んだかも)


 幼い直感がそう告げる。


 そしてまるで女神さまが、わたしと粘土の感動的な再会を邪魔するような悪魔的タイミングに、わたしの頭のなかが怒りで真っ赤に燃え上がった。


(どうしていつもいつも、肝心なところで邪魔が入るのよ!)


 すると突如、わたしの視界に流れる時間が緩やかになり、遠くの方で美しい大聖女さまの身体を借りた女神さまがわたしに微笑んだような気がした。

 ジッと女神さまの口元を凝視すれば、その小さな唇が『残念でしたね♡』とゆっくり動くのが見えて。


 ――あ、あの性悪女神さまめ~~っ! 

 わたしから飽くなき粘土の情熱を取り上げるために、わざわざ奇跡まで使っておちょくってくるとか性格悪すぎるでしょ!


(いくら神様だからってやっていいことと悪いことがあるでしょうが!)


 いいやまだだ。まだ諦める時じゃない。

 せっかく異世界に転生できたのに、一度もまともに粘土を触れられずに生涯を終えるなんて、死んでも死にきれないッッ!


(だって、今度の今度こそ絶対に陶芸家になるって決めたんだもん!)


 だけど現実は悲しきかな。

 わたしは子供で、あちらは本物の神さまだ。


 どうにも埋めがたい奇跡の差がある。


 結果、女神さまの目論見通りなのか。

 ばら撒かれた女神さまの祝福を拾わんと迫る大人たちに巻き込まれたわたしとナタリィは、押し寄せる群衆の波に飲まれる形で、転生して早くも二度目の死を覚悟し、


(――ううっ、次こそは粘土を作って見せるんだから!)


  そう心のなかでわたしは意地悪な女神への復讐を誓うのであった。

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