データの底で囁くもの

企業研修を舞台にしたホラー作品でありながら、全体を通してリアリティのある企業文化とドキュメント形式が巧みに融合されています。
「開発日誌」や「会議映像」「Slackログ」といった記録資料の体裁を取ることで、虚構ではなく実際に発生した“事件”を追っているような臨場感が生まれており、その構成が非常に秀逸です。

特筆すべきは、“SQLインジェクション”という技術的行為を怪異の媒介に変換した点。
情報工学的な要素を霊的現象へと接続する手腕が卓越しており、現代的なオカルトの再定義とも言える内容になっています。
登場人物それぞれの立場も的確で、特に江南の飄々とした態度と、八重山の怯えと好奇心が共存する描写には深みがありました。

全体として、現代社会の「情報と信仰」「論理と不可解」の狭間を突く秀作。
静かにじわじわと恐怖を染み込ませる、知的で上質な企業怪異譚に仕上がっています。

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