碧奉館の女

@samayouyoroi

Episode 1

Anecdote

古びた館にて

その建物は一見では立派な館ではあったが、よく見ればかなり古風、いや時代錯誤な建築様式だったし、明りが灯っている箇所も少なかった。外から見る限りでは明りが灯っている部屋は一箇所しかなく、少し不気味な館である。


その明りが灯っている部屋には二人の人影があった。一人は老婆、もう一人はローブを着ており一見では年齢も性別も分からない。その姿も少なからず不気味さを醸し出している。だが二人の会話は不気味さとは真逆の空気だった。


「へえ、そういうものなんだ」

ローブを着た人物が明るい声で老婆にそう尋ねた。どうやら若い女性であるようだ。


「はい。やはり当代様の御子のほうがより期待できると考えられたのでしょうね」

侍女服を着た老婆はにこにこと優しい笑顔でそう答える。


「じゃあわたしにもそういう大らかさが伝わってるのかな」

ローブの女性は明るい声でそう独りごち、少し苦笑気味に言葉を続けた。


「おっちゃんたち、自分で言っておいて何だが……ってあたふたしてたよ」

ローブの女性はそう独りごちて笑ったが、それがどういう意味の笑いなのかは分からない。なぜならその女性はフードで顔全体を覆っているからだ。


「ですが、自由意志である事には変わりません」

老婆は微笑んだままそう告げた。


「もし少しでも気が進まなければ遠慮なくお断りください」

老婆はそう言って恭しく一礼した。


「もちろんだよ」

ローブの女性は明るい声で答えた。




不意に呼び鈴が鳴った。老婆はローブの女性にふたたび一礼して部屋を出た。老婆は彼女の代名詞とも言われる極めて独特な歩調、まるでゼンマイ仕掛けの人形のようなキコキコと音が聞こえてきそうな歩調で玄関に向かう。


老婆が玄関を開けると二人の男が立っていた。二人とも顔見知りだが、片方は何枚ものタオルで顔を覆っていて顔が分からない。まあこちらは付き添いなのでどうでもよろしい。問題はもう片方の若い男だった。ああこれは危険かも、と老婆は思った。


「お待ちしておりました」

だが老婆はそんなことはおくびにも出さずに恭しくそう言って二人を招き入れた。


「…………」

二人の男はどちらも声を発しなかった。だが言葉にしなくても何を考えているのか、いやどう感じているのかは一目で分かる。


タオルで顔を覆っているほうは館に入ってこなかった。むしろ扉を開けたら少し後ずさりした。逆に若いほうは顔を紅潮させ、誘い込まれるようにふらふらとした足取りで館の中に入ってきた。まるで催眠術にでもかかったかのように。


「こちらです」

老婆は手で館の中を示してそう言った。


「あ、あの……」

若い男は顔を紅潮させたまま戸惑いの声を上げた。


「なにか?」

老婆は変わらぬ優しい口調でそう応じた。


「私は、その……あまり、こういう事は、……その」

若い男は下を向いてぼそぼそとそんな事を呟いた。見るとその脚は少し震えている。あらあら。誠実と申すべきか、お噂通りと申せばよいのか。


「あくまで合意があれば、です」

老婆は優しくそう言った。


「あ、その、あの……あなたは、その……」

若い男はたどたどしく呟いた。それでは何が言いたいのか全く分からないが、老婆は話の経緯を知っているので彼が何が言いたいのかをすぐに察した。


「もちろんご内密にいたしますよ」

老婆は変わらぬ優しい笑顔でそう答えた。


老婆は少し呆れるとともに感心もした。このご立派な体格でこの様子では、合意どころか部屋に招き入れた瞬間に獣欲を爆発させるかもと思ったのだが、あんがいと理性は残っているようだった。むしろその理性──いや内気がこの話の発端なのだが。


「ひとときのご歓談だけでも良い結果になるかと思います」

老婆はそう言いい、先ほどの部屋に若い男を招き入れた。




──まあ結局は良かったのではないですかね

これは後日談というには少々以上に時間が経った後の老婆の感想である。それを聞いたソフィアは非常に複雑な感想を抱くのであった。

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