第13話 投げ釣り練習

遠征先である白鳥神社の松原に到着した。

数キロにも及ぶ白砂青松の砂浜である。


「おぉ!ここが白鳥神社の松原だね。うどん県民でありながら行ったことのないスポットってまだまだあるなぁ」


「いつもの堤防の近所にある津田の松原と同じく、ここも日本の白砂青松100選に選ばれてるみたいですよ」


「ちなみに近県で有名どころは?」


「メジャーどころだと天橋立とかですかね?」


また大きく出たな。

おそるべし白砂青松100選。


「あ、湊くん、あそこに見えるのが白鳥神社だよね?キスの大漁祈願しに行こう!」


大漁祈願とはまた入江さんらしくていいな。


◇ ◇


早朝の神社は静謐な冷たい空気で満たされている。

俺たちは手水場で手指を清め境内まで歩く。

聞こえる音は二人の足音だけ。

声を出す事すら勿体無いような静けさだ。


「ふふ、二人きりの世界か。悪くないね」


「沈黙の間を楽しめる関係性は憧れです」

 

「わかるかも。苦手な上司と外出してて沈黙に耐えられず、無理矢理話題振ってドツボにハマるパターン」


サラリーマンあるあるだわ。


境内で二礼二拍手一礼。

大漁祈願は入江さんに任せるとして、俺は彼女との関係がこのまま続くことをお祈りしてみた。


頭を上げると、まだ入江さんがお祈りを続けている。この気合いの入り方は神様にもプレッシャーだな。


「や、お待たせ!……あっ!」


くるりと振り返り、てへへと頭を掻きながら境内から降りてこようとする瞬間、彼女は階段で足を踏み外しバランスを崩した。


「危ないっ!」


咄嗟に入江さんの華奢な身体を受け止める。

彼女のフローラルな香りに鼻腔をくすぐられたのは内緒だ。


「大丈夫ですか?」


「ありがとう。マジ助かった。やっぱり二つの願いを一度にお祈りするもんじゃないね。バチが当たったよ!」



大漁祈願だけじゃ無かったのか。


「一つ目は分かりますけど、もう一つは何をお願いしたんです?」


「や、それは内緒!!さっ、早く海行くよ!」


入江さんの頬が紅く染まっているのは、朝日の光を浴びてるからじゃない気がする。


◇ ◇


朝凪の海を前にした砂浜を歩く。

足元に咲く淡紅色のハマヒルガオが白砂にアクセントを加えている。


「ねぇ、湊くん、ハマヒルガオの花言葉って知ってる?」


「ごめんなさい。朴念仁なもので知らないんです」


ポケットのスマホを取り出して調べようとすると、入江さんからストップがかかった。


「もう!これだから今時の若い者はすぐGoogle先生を頼るんだから!趣がないよ趣が」


「ひぃ。俺と入江さん三つしか違わないのに!」


「お姉さんの言う事は聞くものなの!」


有無を言わさぬ圧倒的な迫力。


「ハイ」


グダグダ言ってるうちにポイントに到着、手際よく準備を始めていく。


「今日は投げ釣りなので、いつもの撒き餌はありません」


「残念!撒き餌は私ができる唯一の貢献だったのに……」


砂に字を書いていじける素振りを見せる入江さん。またパターン増えて来たな。


「とにかく投げられ無いことには釣りにならないので、仕掛けを繋ぐ前にオモリだけ繋いで投げる練習をしましょうか!」


「OK牧場!」


入江さんの持って来た曰く付きのシーバスタックルに力糸とジェット天秤をセットする。


「じゃあお手本見せますねー!」


「まず後ろに誰も居ない事を確認し、竿先から三十センチ程度オモリを垂らします」


「安全確認ヨシ!」


ヘルメットを被った猫のポーズをかましてくる入江さん。


「次に人差し指で糸を引っ掛けて、リールのベールを起こします。これで竿を前に振りながら人差し指を離すと糸が出ます」


「ん〜ここが苦手なんだよ。どこで指を離していいか分かんない」


「耳の近くをリールが通る時に指を離すと一番良く飛びます」


「腕の力でぶん投げようとしないで、竿のしなる力を上手く使いましょう」


シュッ! ドボン


練習用オモリは低い弾道で飛び、凪の水面に着水した。波紋がゆらゆらと周りに拡がっていく。


「湊くん延べ竿以外も使えたんだ……」


「延べ竿のが好きですが一応釣り人なので使えますよ」と苦笑いで応える。


「さ、入江さんも練習ですよ」


リールを巻き取りながら竿を入江さんに手渡す。


「私にも上手く投げられるかな?練習あるのみよね!」


「その通りです!やれば分かる。やれば出来るです!」


「てやっ!」


ヘロっ……ストン。


オモリは真上に上がり、まるで遊園地のフリーフォールのごとく地球の引力に引かれて落ちて来た。やはり地球には重力あるんだな。


「ドンマイです!今のは指を離すタイミングが早すぎましたね」


「う〜、ゴメン。もう一度!」


そうだその意気だ。一度や二度の失敗で諦めてはいけない。


ヘロっ……ビターン!


オモリはかつての鳥人間コンテストの登場機体のごとく入江さんのほぼ目の前数メートルに着水した。


「ぐぬぬ……」


悔しさに歯を食い縛り震えているが、目は死んでいない。


「ドンマイ!今のは指を離すタイミングが遅すぎです!」


「この……」


トボトボとリールを巻き上げ、また投げ直そうとした入江さんの背中はいつもより小さい。


「ちょっと失礼しますね」


俺は入江さんの真後ろに立ち、一緒に竿を構える。


「たぶん言葉で説明するよりも、身体の感覚で覚えた方が良いと思いますので、糸から指を離すタイミングに全集中してください。すいません、傍から見たら完全にセクハラですね」


「湊くんだから大丈夫!私がんばる」


顔を赤らめながらも力強く頷く。


「一、二の、三で指を離してくださいね」


「うん、わかった!二人初の共同作業だね!」


何をわけわからん事を。


「いきますよ!一、ニの……三っ!」


シュッ! ドボン!


オモリは矢のように飛び見事に着水した。


「やったー!」


俺たちの歓喜の声に定置網のウキで羽根を休めてた寝ぼけ眼の鴎がダルそうに羽ばたいて行った。


「さぁ、入江さん忘れないうちに身体に覚えさせましょう!今から十回連続成功したらもう投げるのは大丈夫ですよ!」


「よーし!やります」


フンスと鼻息を荒くした彼女は意気揚々と波打ち際に立ち、掴んだばかりの技術を完璧に自分のものにしようと燃えていた。


一回、二回、三回……と回数を重ねる度に飛距離と正確性が上がって来ている。


「……十回」


彼女は一人呟くように十回を数えた、瞳には達成感への高揚から熱いものが込み上げてきているようだ。


「やったー!投げられるようになったよ!」


「諦めずに良く頑張りましたね。エラいです。さぁ、沢山釣りましょうぜ!」


遂に入江さんに投げスキルが身に付いた。

悪戦苦闘しながら覚えた事はたぶん一生忘れないだろう。仮にこの先俺との関係性が無くなったとしてもだ。


いよいよ本日のメインターゲット、キス釣りに向けて俺たちは準備を進めるのであった。

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