第4話 ベラのウキ釣り①

 釣りに行く暇も無いくらいバタバタと社畜生活を送ってるうちに、季節も進み梅雨入りしてしまった。

 

 身体にまとわりつく湿気にうんざりしながらも、雨も降らんと夏に水不足になる方が困ると言い聞かせている。高校野球の熱戦よりも早明浦ダムの貯水率に一喜一憂する夏は勘弁して欲しいものだ。


 俺は乾きにくい洗濯物をどうするかと週間天気予報を眺めていた。なんと言う僥倖!週末の日曜日だけぽっかりと晴れである。お金じゃ買えないプライスレスな梅雨の晴れ間だ。


 釣りはいつでも行ける。

洗濯物は晴れの日しか乾かない。

しかし、そのいつでもの「いつ」は今週の日曜日である。


 男は即決だ。釣りを人生の中心に置くなら答えは一つである(自分で言ってて間違ってるとは思うが) 


 ふとLINEのメッセージが入ってきた。

入江さんだ。そう言えばカサゴ釣った時に交換して以来だな。


『湊先生おひさ☆ ちっとも連絡くれないから私からしちゃうよー?』


『今週末久しぶりに晴れそうだし、釣りに行きましょうよー!』


『私にも釣れて美味しいお魚よろしくお願いします!』


テンション高。


 前回釣りデビューした入江さんには、カサゴ以外にも色んな魚を釣って欲しい。

簡単かつ魚種も狙えそうな延べ竿ウキ釣りにしようと思う。


「入江さんご無沙汰です」


「ちょうど俺も日曜日に行こうと思ってました」


「朝からこの前の堤防に居てます」


「また延べ竿お貸ししますから手ぶらでどうぞ〜」


 うーむ、我ながら文章固いなぁ。

女の子にどう書いて送ったらいいかわからん。

とりあえず用件伝わったらいいよな?


『先生返信早っ』


『もしかして私からのLINE待ち構えてたとか?(笑)』


『また竿お借りしますね!ありがとうございます』


『日曜日楽しみにしてまーす!釣れたらいいなー』


 こんなやり取りをして、あっという間に日曜日となった。

 どこまでも抜けるような快晴だ。空の蒼と海の青が交錯し梅雨の晴れ間を彩っている。


 行きつけの釣具店でゴカイ、アミエビ、氷の3点セットを買っていく。 

 店主のおばさんは俺の顔を見ただけで「いつもの奴やな?」と用意をしてくれるのだが、今日は少し様相が違っていた。


「兄ちゃん久しぶりやな。しばらく顔見んから心配したで」


「えぇ、ちょっと仕事でバタついてまして」


「ほー、さよか。てっきり念願の彼女出来て遊ぶんに忙しいんかと思ったわ」


「んん!?」


「この前最後に来た日に女の子と楽しそうに釣ってたらしいやん?常連のお客さんが言ってたで。あの朴念仁の津田くんが笑ってたと」


 まさか見られてたとは気付かんかった。


「いや、彼女では無いです。お姉さんとはあの時初めて会ったばかりだったんで!」


「じゃあ今日はいつも通りのお一人様?」


「ぃぃぇ。この後彼女と合流しますが?」


「へぇ……仲がよろしい事で。気を取られすぎて海にボテ込まんようにな」


 若干ジト目を向けられつつ、3点セットを渡される。心なしかゴカイが多い気が。


「2人で釣るにはいつもの量やと足らんやろ。今回サービスしとく」


 絶対入江さんの存在は誤解を招いているぞ。ゴカイだけに。


 釣具屋のおばさんと漫才してたせいで、出遅れてしまったが釣り座を確保。


 先着してたのは白猫のシロちゃんだけである。


「おっ、シロちゃん早いやん」

「にゃ〜!」


 尻尾を立てて擦り寄ってくるこの子は野良猫では無く、住民登録までされてる由緒正しき(?)地域猫だ。

 

 一日ニ度、漁協のおじいさんがカリカリを与えに来る。至れり尽くせりでは無いか。それでも猫の性として魚への興味は失わないところが良い。

 しかしシロちゃんの体調面への配慮から生魚を与えない事は明確にルール化されている。猫と共存出来る環境は守らねばなるまい。


シロちゃんに見守られ(?)ながら準備を進める。


 まず紐付きポリバケツで海水を汲み上げ、半分を氷を入れたクーラーボックスに注ぎ潮氷を作る。直接氷を当てるよりも、海水を入れて漬けたほうが冷却効率が良いのだ。

 

 潮氷に釣った魚を入れ氷締めにする事で鮮度を保つ。魚は死後に体温が上昇するので、捌くまでは冷やし続けないといけない。小魚なら氷締めで十分事足りる。


 そして海水が半分に減ったポリバケツに撒き餌のアミエビを溶かす。入江さんに散々ディスられた撒き餌だが効果は抜群である。エキスを調合した粉末状の撒き餌もあるが、本物のアミエビには敵わない。


 杓で掬って潮流の上流に向かって撒く。

朝日を浴びながら空中に舞った撒き餌が着水。


 海中に没するや否やさっそく小魚達が集まって来た。漆黒のスズメダイ、藍色のグレ、タイやチヌの幼魚。中には餌取りエキスパートのクサフグも混ざっている。


 俺たちのターゲットは小魚の下を悠々と泳ぐキュウセンベラである。オスは翡翠の様な緑色、メスは橙色ととても鮮やかな色彩を持つ。

 釣って良し、食べて良しのグッドな魚であるが関東では外道扱いされているのが不憫でならない。


 ターゲットがいた事に一安心して、目覚めの一服をしようとした所に入江さんが現れた。


「先生っ、おはようございますっ!」


 柔かに手を振りながら駆け寄ってくる。朝日に負けない眩しい笑顔だ。


「入江さんご無沙汰でした。それにしても先生と呼ばれるのは、なんだかこそばゆいです」


「え〜?じゃあ湊くんって呼んでも?」


 俺を見上げ上目遣いでおずおずと尋ねてくる入江さんは小動物のような健気さを醸し出している。


「先生以外ならなんでも良いですよ!あと俺の方が年下なので気楽に呼んでください」


「へっへー、やったぜ!ところで湊くん今日は何を釣るんだね?」


『待っていたぞ!ケンシロウ!』のポーズで管理職口調にキャラ変した入江さん。でも悲しいかな推定身長150cmなので北斗剛掌波は放てそうもない。


「入江課長、今日はベラを釣ろうと思ってます」


「早く人間になりたいっ!」


バシバシと鞭を振るモノマネをする入江さん。


「そりゃベラが違う!入江さん、あなたが持つのはコレです。しっかり撒いて下さいよ」


アミエビを撒く杓を渡し、撒き餌ミッション継続だ。


「OK牧場!!早く人間になりたいベラさんカモン!」


 謎のハイテンションをキープしつつ柄杓でバシャバシャとアミエビを撒く入江さん。

 

 その様は撒き餌を目にした小魚よりも活性が高くて笑える。

 

 多少喧しいが、こんな元気な人が側にいたら楽しいだろうな。

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