田舎の堤防で釣りをしてたら、年上のお姉さんに釣られてしまった

おにへい

第1話 (魚を)釣るつもりが(女の子に)釣られた

 夕暮れ間近の瀬戸内海は今日も凪いでいた。

 堤防で羽を休めるカモメは夕暮れに回遊してくる小魚の群れを待つ。


 網の手入れを終えた漁師達は明日の漁に備えて早々と帰途につく。ようやく瀬戸内海の春の訪れを占うイカナゴ漁が解禁されるから、普段はいかつい漁師たちが白い歯を見せて笑っている。


「よぉ、津田のにいちゃん!また釣りに来たんな?休みの度に釣りばっかしよったらコレ出来んぞぉ?ガハハハ……!」


 漁師のリーダー格である大坪さんが小指をピンと立てながら赤黒く日焼けした顔で豪快に笑う。


このイジリに対する答えはただ一つ。

「俺の恋人は海と魚だけなんで!」


 俺は津田湊。彼女いない歴=年齢というテンプレ通りの26歳独身男。ブラック企業の社畜として日夜あくせく働いている。

 日頃の疲れを癒すには静かで穏やかな海を見ながら釣りをするのが一番なんだが……。


「えぃっ!」


「やぁっ!!」


「とうっ!!!」


 隣からは往年の戦隊ヒーローと怪人がバトルしてるかの如く気合いの入った奇声が聞こえてくる。


声のした方向からは身長150cm程の小柄な女の子が体躯に似合わぬ10フィート(約3m)以上はあるであろうシーバスロッドを薙刀のように振り回していた。


「あぁっ!もう!なんで真っ直ぐ飛ばないのよ!」


 彼女は苛立ちを隠すこともせず、力任せにメタルジグをキャストしているが、その思いとは裏腹に斜めに、後ろに色んなところに飛んでいく。


 飛んで着水すればまだマシな方で、投げミスし堤防のコンクリートに叩き付けられる回数が増える事で憐れなメタルジグは塗装が剥げてきていた。

これ作った職人が見たら泣くぞ多分。


 立ち振る舞いから初心者だろうなとは思うが、いきなり見知らぬ女の子に声をかけても良いものだろうか。

 下手に声をかけたところに彼氏が出て来てオラつかれるのも面倒だ。でも一人で釣りをするレベルには達して無いのだけは確か。


うーむ。


俺は一計を案じ、なにも見なかった事にした。


女の子から視線を逸らしたその瞬間、


「お兄さん危ないっ!!」


ヒャウッ!と言う風切り音と共に女の子の放ったメタルジグが俺の帽子を引っ掛けた。


「きゃああぁぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!お怪我はありませんか!?」


慌てて駆け寄ってきた女の子は童顔で普段なら親しみやすそうな表情だろうが、いかんせん状況が状況なのでまずは落ち着かせる。かけている丸メガネの奥にはうっすらと涙が滲む。


「こっちはケガも無いし大丈夫ですよ。失礼な言い方かも知れないけど、まだ釣りを始めたばかりだったりする?」


「えぇ実はそうなんです。ハマってる釣り漫画の影響で、私も釣りしてみたいなー!って思って、YouTubeの動画で予習して見よう見真似でチャレンジしてみましたがやっぱり初心者には難しいですね……」

彼女は頬を掻きながら力無く笑う。


「まさかその道具一式も勢いで買っちゃった系女子?」


「や、これらは海の無い県に就職して引っ越した弟から貰ったお下がりの道具ですよ!さすがにイチから揃えるのはヨイショがいるだろうし、何買えばいいかもわかりません☆」


「ん?就職の決まった弟?じゃあお姉さんもひょっとして社会人?」  


「ひょっとしなくても社会人ですよ〜。でも社会人というか……会社人というか……社畜?」


なんだか俺と似たような境遇だな。おい。


「……マジで?中学生くらいかと思ってた」


「童顔ですいませんねぇ……。まだ今年一杯は20代にしがみついてます。あー、歳バレちゃいましたね」


彼女は堤防から生えてる猫じゃらしをツンツン触りながらいじける。その背中はあまりにも小さい。


「(まさか年上だったとは……)」


「お兄さん、今日は危ない目に遭わせて本当ゴメンなさい!私に釣りは向いてないみたいなのでもう帰りますね」


ペコリと頭を下げて立ち去ろうとする彼女。

どうもこのまま別れたのでは寝覚めも悪そうだ。

釣りの楽しさを知らないまま全部諦めてしまうのは勿体無いだろう。


「まぁまぁ、せっかく海まで来たんだし、一匹くらい釣って帰りましょうよ!」


「私のやってる様子見てたでしょう?まだリールの使い方すらよく分かって無いんですよぉ……」


「良かったら俺の延べ竿をお貸ししますよ。コイツはリール付いてないし、軽いから扱い易いはずです」


「じゃあお言葉に甘えて借りちゃいますね。ありがとうございます!うわ、軽っ!同じ釣り竿とは思えませんねー」


「今日俺はカサゴを釣ろうとしてたんですよ。と言っても特別な仕掛けではありません。単純に鈎と糸と錘だけです」


「おぉ!カサゴですか!小料理屋さんで煮付けや唐揚げを食べた事ありますよぉ!いかつい見た目だけど美味しいお魚ですよね?ここであの魚釣れるんですか?」


お、やる気出て来た。

あまり魚屋には並ばないけどカサゴ美味いもんね。


「堤防では割とポピュラーな魚ですね。こいつは根魚と言って、海底の障害物付近にいるので仕掛けも底まで沈めて釣ります。お姉さんが釣ろうとしてたシーバスとは対照的ですね。シーバスは小魚を追いかけ回しますけど、カサゴは目の前に獲物が来るまでじっとしてますから」


「動のシーバスと静のカサゴですね。私は怠け者的なカサゴに惹かれますっ!魚にも個性あるんですね」


「エサはゴカイという虫エサを使います。カサゴは何でも食う魚ですから、虫に触るのが苦手ならオキアミという冷凍のエビを買えば良いと思います。変わり種のエサなら、鯖の切り身とかイカの短冊でも釣れるんですよ」


「好き嫌いなくてエラい魚ですねー」


「釣果を上げるには撒きエサもあると良いですね。アミエビという小さいエビの冷凍レンガを海水で溶かして使います。エビの匂いにつられて色んな魚寄ってきますよ」


俺はポリバケツに溶かしたアミエビを柄杓で掬ってバシャっと海に撒く。


「お兄さん中々したたかですね。まるで30万円の布団を買わせるために、食器洗剤やスポンジを無料で配ってお客を撹乱させてる催眠商法の業者さんみたいです!」


「もっとマシな例え無いんですか……」


「や、ウチの部署にもいますから。バレンタインのお返し目当てにチョコレートを課内の男子全員にバラ撒いてる同僚が」


お姉さんは遠い目をしてポツリと溢した。


「まぁまぁ…様々な意見あるかと思いますけど、俺みたいな非モテ男子からしたら撒きエサのチョコでも嬉しいもんですよ?悲しいかな撒きエサだけ食おうとして、毎回鉤付きエサに引っかかってしまうのはなぜなんだろうね?」


「魚心あれば水心と言うね」


「そうそう釣りだけに……って、なんでやねん!」


「さてカサゴの釣り方は簡単ですよ。こうやって仕掛けを投入したら、海底まで沈めます。着底したら糸がゆるっとなるので、少し竿を立てて糸を張りながら、上下にエサを動かしてカサゴを誘います」


「魚が食ったかどうかは、穂先への感覚や、糸の伸びを見て判断します。そろそろ来るはずですよ、竿の先を見といて下さい」


俺は竿を動かして誘い続けると、穂先にゴツンとアタリが発生。少し竿を上げると独特の重さが乗ってくる。


竿を立ててアワセを入れると、ギュウウンとナイロン糸が軋む音をさせながら竿が曲がる。リールが無い分、魚とのやり取りは竿の弾力を使う。根に潜られると厄介なので魚とのやり取りは手早く行う。


赤くてゴツゴツした魚体が海中から現れた。

今日のターゲットのカサゴだ。


「と、まぁこんな感じなのがカサゴの脈釣りです」


「すご……こんなあっさりカサゴ釣っちゃった!しかもリール使って遠くに投げないのに、こんな堤防近くで?魚って遠くにいるものじゃないの?」


釣り上げたカサゴを見て彼女はメバルのように大きく目を見張る。


「堤防って海中に基礎を作る時に、幾つもの石を使って組み上げてるんです。カサゴはその石の隙間を寝ぐらにしてるんで、その近くにエサを入れて誘いをかけたら割と釣りやすいですね。だから遠近関係なく、障害物の近くを狙うのがセオリーですよ!」


手本は見せた。

あとはお姉さんに(魚釣り)初体験して貰うだけだ。

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