出発
日が昇ると、いつものルーティンを終え、ソファでリサベラとブラックコーヒーを飲んでいる。
朝のマラソン中、精霊山の主・ヒイデル殿に言われた。
「大仙人殿は、またツガイを見つけてきたようじゃの」
「ツガイというか……人ではなくなってしまいました」
「人か……確かに人間の仲間入りだなぁ。人間は嫌いか?」
「人間は弱いですから。弱くなってはいけないと、いつも考えているもので……」
「大仙人殿は十分に強いではないか……ドスッ!!」
背中に、ヒイデルの岩の手のひらが勢いよく当たる。
うっ……息ができない……やべぇ……
ドスッ!!って、背中にポンが……岩で平手ですよ、ヒイデルさん……
それ、落石と一緒ですから……
治癒魔法 トリプルエックス……
「ぶぅ……ヅヅよいつもりが、弱くなっちゃう気がしデぇ……弱気になるけど……はぁ……でも、
人よりも強くなれるのが人間だったりズるんで……“筆は剣よりも強し”みたいな感じですかね……はぁ」
治癒魔法がやっと効いてきた。
「そうじゃの。わしは生まれて数億年、ずっと一人だから気にもならんけどな。はっはっは。
これからも一人きりだし、弱さすら感じたことがない。弱いと考えた瞬間に、弱くなってしまうのではないか?」
……そりゃ強いですよ……自然界の王なんですから……
「ええ、言霊は怖いですからね」
「その心意気で行けばいいんじゃないかいっ」
すッ~
また、手のひらが近づく気配を感じた。
次のコミュニケーションの“ドスッ”はうまく交わせた。
……危ねぇ~、気を抜くなってことか……
2発目の励ましの“ポン!!”は交わせた……警戒しててよかったぁ~……
「ありがとうございました。ヒイデル殿のお陰で、気づきを得ました」
精霊山からウィングスーツで飛び、ゴブリンの巣へ向かう。
「オーガよ、大分畑らしくなってきたな」
「はっ、長の言う通り、糞を肥料として使っております。魚も獲れるようになりました。長のご指示通りに狩りに出かけたところ、大物の獲物が手に入り、食生活も安定してきました。
あとは畑に根と種を蒔くだけです」
「おぅ、種な。用意しとくよ。今しばらく待ってろ」
「はっ、ありがたきお言葉……お待ちしております」
「わかった、じゃあなぁ~」
進捗を確認したので、さっさと精霊樹の森へワープして帰宅する。
ワープを抜けると、早速「お清さん」に声をかけた。
……種、根か……
「お清さん、穀物や野菜、果物……実りのある種が欲しいんだけど。花が咲く木も欲しいなぁ」
「わかったわ。他の種族の精霊に持ってきてもらうわね。しばしお待ちを」
……植物精霊の友達か。種も集まりそうだな……
螺旋階段を上り、一番枝にある『お今日ちゃん』の部屋へ入る。
いない……
『お今日ちゃん』に『以心伝心』で言葉を送る。
「お今日ちゃん、アイドルのワンピース作っといたから」
「えっ、どこ?」
「下の棚に置いといたよ」
ひゅ〜……
お散歩中だったのか、風のように現れた。
「何? アイドルワンピって?」
「ワンピースにレースとかリボンとかハートとか、いっぱい付いてるやつ……かわいいが好きでしょ」
早速着たいようで、鏡に映している。
フェミニン系のフレアワンピースを脱ぎ始めた。
「じゃあ〜、また後でね」
即座に部屋を出ていった。
我が家に戻り、うがいと手洗いを済ませてソファでくつろいでいると、森の中でお今日ちゃんがクルクル回っている姿が見えた。
「なんであんな発想になるの?」
冷たい視線で、リサベラが問いかけてくる。
「大変なんだよ。一日一着ペースで、お今日ちゃんの洋服を考えるのも」
「へぇ〜」
リサベラだって、ゴスロリ姿でカフェオレを飲んでいた。
俺もそろそろコーヒーを飲み終える。
これから出かける予定だ。
リサベラが腹を空かさないよう、テーブルのアイテムボックスに大量の食べ物を入れておいた。
この森にはスーパーなんてない。
食べ物も飲み物も、何一つ存在しないのだ。
アイテムボックスの空間では時間が止まっているので、刺身だってアイスクリームだって保存が利く。
もし俺が戻らなかったら、リサベラは餓死してしまう。
森を抜けて町を目指しても、数百キロはある。
ここは“迷いの森”なのだ。
リサベラは、元気を装っている。
それが人間の強さであり、弱さでもある。
人と人の間で生きる人間は、強さも弱さも持っている。
だからこそ、面白いんだ。
一人きりでは、強くなければ生きていけない。
だから、強さだけを追い求める。
でも、弱くたっていいんだよ。
隣に誰かがいるときは。
俺が元気をあげるからね。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。お気をつけて」
軽い挨拶で見送られた。
俺もあえて平静を装い、何食わぬ顔で玄関へ向かう。
余計な言葉はいらない。
今はまだ、期待も不安も抱かせたくない。
リサベラにとっては、ただ、なんとなく今日が終わってくれればそれでいい。
ワープの入り口を、無詠唱で静かに作る。
まずはダンジョンへ向かおう。
グージカッソのSランクダンジョンだ。
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