Tシャツとタヌキとツインテール
ワープの出口は、母の木の螺旋階段がある幹に出した。
グージカッソの城から母の木まで、いったい何キロあるのだろうか……。
MPが減ったのが分かる。
もう一度行こうと思えば行けるが、無理は禁物だ。
良い結果は出ないだろう。
今はリサベラを安心させてあげよう。
この森で、たった一人なのだから。
螺旋階段を、わざと音が出るように駆け上がり、玄関のドアをノックした。
少しだけ開けて、
「ただいまぁ〜」
と声を掛ける。
リサベラが走り寄ってきた。
「おかえりなさい、ご無事で何よりです」
安堵している顔が分かる。
しかし、まぶたが腫れているのがすぐに分かった。
「ごめんね、遅くなっちゃって……」
「いえ、お気になさらないでください」
「ちゃんとご飯、食べた?」
「は……いえ、食べられませんでした」
「そっか、じゃあお腹空いたでしょ」
「う〜ん、なんかあなたの顔を見たら、少しお腹空いたかも……」
「じゃあ今日はソファーで食べようか」
「はいっ!」
俺はワープ前におにぎりを一つ食べたが、特に言う必要はないと思った。
お今日ちゃんがベッドの中央で寝ている。
いつもは下の部屋で寝ているのに、今日はここで寝ている。
初めてのことだ。
「お今日ちゃんって、日が暮れたらすぐ寝ちゃうでしょ」
「うん、話してたらコクッと寝ちゃった」
「そう、ここの大樹の精霊は日が暮れると光合成ができないからねっ」
「そういうことかぁ〜……不思議だったんだぁ〜。疲れて寝ちゃったのかと思ってた……」
「答えは光合成ね」
「な〜んだ、良かったぁ」
リサベラは少しだけ元気を取り戻したようだ。
昼間、リサベラのためにアイテムボックスへ用意しておいた食事は手つかずだった。
そこで、すべてを取り出し、ソファ前のテーブルに並べた。
「じゃ、食べよう」
「はい」
「いただきます」
「いったたきまーす、じゃないの?」
「ううん、それでいいんだよ。楽しい時はそのイントネーションで……くすっ」
「……? もしかしてからかってるぅ?」
「そんなことないよ。いっただきまぁ〜す」
「いっただきまぁ〜す」
……完璧に元気になったな……
月明かりに照らされた夜空の下、二人は肩を並べて食事をした。
「リサベラは今日、何してたの?」
「明るい内は、お今日ちゃんの服を借りて、一緒に散歩したりしてた」
白のショートパンツに、白のダボっとしたニットセーター、足元はロングブーツ。
膝にピンクの布地が見えているので、ニーソだろう。
寝ているお今日ちゃんのベッドの横には、くにゃっと曲がったロングブーツが置かれている。おそろいにしたのだと分かった。
お今日ちゃんは黒のショートパンツに黒のニットセーターと予想がつく。
黒のニーソか?
……やはりカラーバリエーションが必要だな……
もう一色、アクセントが欲しい。
……髪型もツインテールなので、そこもおそろいか……
「おいしいね」
リサベラはニコニコしながら食べている。
……本当は腹減ってたくせに……
「なんか温かいスープでも飲む?」
「うん、コーンポタージュが好き!」
「俺も好きだよ。ミルク多めにする?」
「ううん、普通で……」
「OK、普通ね」
カップに入ったコーンスープ(普通)を二つ出した。
コーンの味が濃くて、美味い。
談笑しながら食事を終え、一息ついている。
「今日さ、メリーファの冒険者ギルドにも行ってきたんだ」
「どうだったの?」
「あっさりと探索者登録できたよ」
「へぇ、じゃあ本格的に探索者になるの?」
「本格的というか……俺、全然お金持ってないんだぁ」
「そうなの?」
深く突っ込んではこない。
「そうだよ。お金を使ったこともないし、触ったこともない。稼いだこともないし、もらったこともない」
「この森にいると、お金って必要ないもんね」
「そうなんだよ。だけど王都に行ったら、少しでもお金がないと店にも入れないし、情報収集もできないから不便でさ」
「そうか……不便なのかぁ。そういえば私もお金全然持ってないわ」
……。
二人で顔を見合わせてしまった。
笑うしかない。
「お金がなくても暮らせるなら幸せだけど、多分、単調な暮らしになっちゃうよね」
「う〜ん……? 今日、想像してみたんだけど、何も心配することがないこの森の生活もいいのかなぁ〜なんて思ったりしてみたよ」
「いいよね、この森の暮らしも」
「うんっ!」
「でしょ。だから仙人みたいな暮らしなんだ」
「仙人って、一人で暮らす人のことなの?」
「う、うん……山の中で一人で暮らして修行してる人かな?昔からそういう人がいたんだ。
山の主……えぇ〜と、あそこに見える高い山の精霊が俺のことを仙人って呼んでたし……。
でも、人と人の間で暮らすと“人”ではなく“人間”になるって言う。ちょっとややこしい人が仙人だと……思う」
「……よくわからないけど……人間族の魔法師でしょ?」
「そうとも言うな。俺も記憶がないから、よくわかんないや……アハハ」
本当に、俺は何者なんだろうと思ってしまう。
話を変えよう。
「それで明日、ちょっとダンジョンにも行ってみようかと思うんだ」
「明日……」
「そう、明日……それで帰りが遅くなると思う」
「一人でダンジョンに入るの?」
「うん、一人だね」
「どこのダンジョン?」
「……グージカッソのダンジョン」
「……」
リサベラの顔つきが、一気に暗くなった。
ダンジョンもそうだが、グージカッソは侯爵の領土だ。
「今日、グージカッソ城まで行ってきた……下見でね。
そのまま夜まで見張ろうかと思っていたんだけど、リサベラを昨日の今日で一人きりにするのはできないと思って帰ってきたんだ。
まだ作戦が練れてない状態だったし……。
だから明日はもっと帰りが遅くなるかもしれない……帰らないかもしれない。
この森の中で、たった一人きりにさせて寂しい思いをさせてしまうけど……」
これ以上の言葉が出てこなかった。
「……私は一人でも平気よ。
今、メリーファのどの場所よりもここが安心できるし……クローネの城も、クローネの街も、王都にも、どこへも行きたくないの。
誰にも会いたくないの。
ただ、あなたが私のために危険なことをしようと考えているのが申し訳なくて……。
悲しくて……辛くて……どうしようもなくて……自分一人では何もできないのが悔しくて……」
「今日はそんなことばっかり考えてたんだろ」
頷くだけだ。
「俺は平気だよ。全然危険だなんて思っていないと言ったら嘘になるけど、怖くもない。
早く妹を助けて、リサベラが喜ぶ顔を見たいんだ……。
だから泣かないで。寂しい思いをさせてしまうけど、少しの間、辛抱してて……大丈夫だから……元気を出して」
リサベラは、また頷くだけだった。
……毛布二枚とリサベラのパジャマ、トリプルエックス……
パジャマと毛布一枚を手渡す。
「リサベラ……もう寝な。お今日ちゃんが寝てるけど、大丈夫だろ」
頷くだけだ。
「明日、起きてからルーティンが終わるまではここにいるから、ゆっくり寝なね」
「……はい……」
「俺はお風呂入ったら寝るから、先に寝ててね」
「うん」
リサベラが部屋に戻ったので、一旦俺も部屋に入り、遮光カーテンを閉めた。
ゆっくりと湯船に浸かろう。
星空を見ながら作戦を練ろう。
……作戦というものなのか。
考えを巡らす計略――深謀……深謀遠慮(しんぼうえんりょ)とも言える。
その場に応じたトラブルを想定し、臨機応変に対処する自分をイメージしよう。
人を陥れたり、だましたりするためのはかりごと……術策だろう。
俺の中では……「悪だくみ」が一番しっくりくる。
風呂から上がると歯を磨き、毛布をかぶって寝ようかと思ったら、窓壁のドアが開いた。
「ねぇ、何このパジャマ……」
「あ〜俺の国で流行っていたパジャマだよ」
リサベラは猫耳の着ぐるみパジャマを着ている。俺が出したんだが……。
「これ、タヌキ属の獣人でしょ!」
「いや……猫なんだけど……タヌキだね……」
ぷいっと頬を膨らませたリサベラは、すっかりタヌキになっていた。
「いやなら、次回は違うの作るよ……」
「別にいいけど……暖かいし……こういうのが趣味なの?」
特に趣味というほどではないが、十五歳の女子には良かれと思って出現させた。
どうやら失態だったようだ。
「ねぇ〜今日も外で寝るの?」
「うん、毛布も出したし……」
「自分のベッドで寝なよ!」
「リサベラが使えばいいじゃん」
「じゃあ、私がソファーで寝るからベッド使って!」
「いいよ、大丈夫だよ」
「いいよ、私がソファーで寝る!」
「ダメだよ!」
「そんなに私と寝るの嫌なの?」
「そんなことはないけど……」
……
「……お今日ちゃんもいるから、三人で川の字で寝るか」
「……そうね……お今日ちゃんもいるし……」
「うん、真ん中でお今日ちゃん寝てるし、ベッドも広いしな……」
「はい……」
……
パンツとTシャツ姿の俺、タヌキの獣人、ツインテールの精霊――真ん中にお今日ちゃんを挟み、三人で川の字になって眠った。
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