かのじょの ヒロイズム
有理
かのじょの ヒロイズム
「かのじょの ヒロイズム」
小野田 莉子(おのだ りこ)
葛木 波美(かつらぎ なみ)
洞木 尚人(うつぎ なおと)
※残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。
波美「お前、お前さえ、お前さえいなくなれば」
尚人N「ほつれた麻縄、白いセーラー服、覗く手足は青い血管が浮き上がるほど白くて細い。」
波美「っ、ぅあああああああああ」
尚人N「右往左往泳ぎ回る透き通ったガラス玉の瞳と、ぱちり、目が合った」
莉子「」
尚人(たいとるこーる)「かのじょの ヒロイズム」
波美「なーおと!片付け終わった?」
尚人「うん。もう部屋何もないよ。こんなに広かったっけ」
波美「うちもおんなじ。」
尚人「波美のとこはしばらくホテルだっけ?」
波美「そー。民家もそんなに空いてないって言うからさー。」
尚人「突然だったしね。」
波美「朝のニュース見た?うちの島のこと言ってたよ。倫理に反するーとか、人権侵害だーとか」
尚人N「神の宿る島、神代村封鎖。新聞の三面記事にそっと書かれた文字。僕は今日この島を出る。」
波美「あーあ。上手くやれるかな。新しい生活」
尚人「…莉子は?」
波美「んー?おんなじホテル。」
尚人「そっか。」
波美「いっつもセット。本当腐れ縁」
尚人「そうかな」
波美「尚人はいつも莉子の味方だもんね」
尚人「幼馴染だし。」
波美「それは私もでしょ。」
尚人「波美も大切にしてるつもりだけど?」
波美「うっそだーー」
尚人「何かあったらちゃんと味方になるつもりだし」
波美「…」
尚人「それに島民も少な(かったしさ、)」
波美「本当?」
尚人「え?」
波美「私の味方になってくれるって、本当?」
尚人N「時々、波美は笑みの消えたまっすぐな目で僕を見る。それがなぜだか、ずっと怖かった。」
波美「尚人?」
尚人「…うん、本当。」
波美「ふふ、嬉しい。ありがと!」
尚人「うん。」
波美「じゃあ、また後でね!」
尚人「うん。またあとで」
尚人N「汽笛、海鳥の鳴く声、塩の味がする風。都会からかなり離れたこの島は1日に2便のみ本島からのフェリーにて行き来ができる。明日からここは無人島になるはずだ。毎年行われていた祀りも、朱い鳥居の神社も全てなくなる。」
尚人N「僕らは故郷を、そして神を失った」
_____
波美N「2つ年下の女の子、小野田莉子は子供の頃から当たり前にそばにいた。年が近かったから、だからいつもあなたがお世話をしてあげなさいと先生に言われ彼女を押し付けられてきた。」
波美N「消極的で他人と連むことなくいつも1人で本ばかり読んでいた。」
波美N「透き通った琥珀色の目、艶のある黒髪。華奢な体つきで誰もが振り返る整った顔。お人形さんみたいだってみんながみんな、羨んだ。私はいつも彼女の引き立て役。ずっと綺麗な顔のすぐ隣で燻って生きてきた」
波美N「だからずっと、彼女が嫌いだった」
莉子「波美ちゃん」
波美「何?」
莉子「空のダンボール1つ余ってない?」
波美「1人5個までにまとめようねって話だったよね」
莉子「私2つしか貰ってないの」
波美「知らない。誰かが持ってんじゃないの?」
莉子「みんな、波美ちゃんに渡したよって」
波美「私は知らない」
莉子「…」
波美「何よ」
莉子「本が、入らなくて。困ってるの。どこに行けば貰えるかな」
波美「知らないってば。自分で考えたら?」
莉子「…そっか。分かった」
波美「…」
波美N「下がり眉で笑う、この顔が、大嫌いだ」
_____
莉子N「波の音が聞こえる松林の奥、いくつもの朱い鳥居を潜ると黄色と黒のテープまみれの境内がみえた。人の気配はなく、遠くから汽笛の音がする。」
莉子N「私に母はいない。父もまたいない。産まれてすぐ預けられた施設“ひまわり”は花屋の亭主が経営していた。大輪の向日葵ばかり入荷する、千景(ちかげ)さんは私の親代わりの人だった。毎朝この神社に来ては向日葵を一輪、添える。彼の日課も、今日でおしまいだ。」
尚人「莉子?」
莉子「尚人くん。」
尚人「荷造り終わった?」
莉子「うん。」
尚人「そっか。最後のお参り?」
莉子「ううん。これ、千景さんの日課。今日で最後になるから。」
尚人「…5年だっけ。」
莉子「生きてたらちょうど100歳だね。」
尚人「死ぬ前まであの石段登れてたの凄いよな」
莉子「うん。」
尚人「莉子は、この島が好き?」
莉子「うん。みんなは閉鎖的で息苦しいって言うけど、私は好きだった。」
尚人「しきたりも?」
莉子「決められた方が楽だから。」
尚人「僕も、一緒。」
莉子「何もかもがなくなっちゃうんだね。」
尚人「…」
莉子「ねえ、尚人くん。」
莉子「神様って、いると思う?」
_____
波美「尚人!何してるの?」
尚人「波美」
波美「一緒にアイス食べないかなーって探してたの」
尚人「ああ、うん。」
波美「ちょっと溶けちゃったかも。はい。」
尚人「ありがとう」
波美「なんかさ、フェリーの人が言ってたけど、いっぺんに全員は乗せられないから、分けて運ぶってさ。もう何往復もしてるけど今日の出航だけじゃ無理かもしれないーって頭抱えてた。」
尚人「そうなんだ。」
波美「ね?聞いてる?」
尚人「聞いてるよ。重量もだけど、ほら。風強くなりそう。」
波美「天気予報は晴れだよ?」
尚人「じゃあ夕立かな。」
波美「よくわかるね?」
尚人「向こうの空が暗いだろう?そうしたらこっちに流れて雨が降るんだよ。」
波美「ふーん。」
尚人「なんか、最後の夜って感じだね。」
波美「何それー」
尚人「波美はさ、神様って信じてる?」
波美「宗教の話?」
尚人「この島のしきたりは神に纏わるものばかりだったから。でも誰も聞いたりしなかっただろ?どうなのかなと思って。」
波美「うん。信じてるよ」
尚人「そうなんだ」
波美「何?」
尚人「意外だったから。」
波美「ほら私、施設で育ったじゃない?父さんは病気だし母さんは物心つく前に事故で死んじゃったし。」
尚人「うん」
波美「神様ってみてると思うの。私の今までの頑張りとか、辛い思いしてきたこととか。だってそうでもなきゃ不公平だもん。」
尚人「だから信じてるんだ」
波美「信じなきゃ、叶えてもらえないでしょ?」
尚人「何を?」
波美「お願い事」
尚人「…お願い事?」
波美「そう!お願い事!」
尚人「…。」
波美「なんで?急にそんなこと聞くの?」
尚人「なんとなく」
波美「…ふーん」
尚人「本当に僕たち、出ていくんだね」
波美「…嫌なの?」
尚人「ううん。…そんなことないけど。寂しいなって」
波美「向こうに行っても一緒じゃん。みんな。」
尚人「そうだけど。うん、そうだね」
波美「…神子(みこ)さま?」
尚人「え?」
波美「信じてるんだ」
尚人「…違うよ」
波美「あの鳥居の奥、あそこに行けなくなるのが嫌なんじゃないの?」
尚人「違うよ」
波美「この島、立ち入り禁止になるんだってよ。私達が出て行ったら。それが嫌なんでしょ。帰れなくなるのが。あそこに行けなくなるのが。」
尚人「波美、だから違うって」
波美「でもね尚人!みんな、みんな苦しかったのよ!あのしきたりが!囚われてる気がして、不自由でずっと!なのに、それがいいの?それが、それが、…それがいいって、おかしいよ」
尚人「波美、聞いて。だから、僕は」
波美「…」
尚人「ちゃんと、…ちゃんと。一緒に出て行くから。この島、出て行くから。残ったりしないし、戻らない。だから、…」
波美「…」
尚人「信じてよ。波美」
波美「…ごめん。」
尚人「うん。僕も、ごめん。」
波美「嫌いにならないで。」
尚人「うん。」
波美「ごめんね」
______
莉子「“神は死んだ。神は死んだままだ。そして我々が神を殺したのだ。”偶像崇拝の成れの果て。きっと私達の綻びはいずれこうなる運命だったんでしょう。小野田莉子。数々のあなた達、そう呼ばれてきたあなた達の内の何人が辿り着いたのか。いずれ己が死ぬと。決して神ではないと。」
莉子「私は、できることなら、ここで。あなた達と一緒にここで。一緒に死にたい。この島で」
莉子「いい?」
______
波美「船、全員乗れないって。だから、大人達は先に行って部屋の準備とか片付けとかそんなのやらなきゃ行けないから残れないって。」
莉子「うん。」
尚人「それで?」
波美「1人残ってって。明日の朝一で迎えにくるからって。」
莉子「私、残るよ」
波美「うん。そう言うだろうと思って言ったよ?もう。」
莉子「うん」
尚人「な、莉子1人で?じゃあ僕も残るよ。」
波美「何で?!1人でいいの!残るのは!」
尚人「1人でも2人でも変わらないよ。僕が言ってくる。」
波美「尚人。」
尚人「1人で残す方がどうかしてるよ。」
波美「あ、…」
莉子「波美ちゃん、尚人くん、私1人でも大丈夫だから」
波美「煩い!…じゃあ私も、残る」
尚人「…波美」
波美「…決まったって言ってくる」
莉子「…よかったのに。本当に1人で」
尚人「よくないよ。…でも3人もいればこの島も喜ぶかな」
莉子「島?」
尚人「神を捨てて出て行こうとしてるんだから、怒って当然だと思ってたから僕」
莉子「…。怒ったりしないよ」
尚人「そうかな」
莉子「うん。」
波美「…何の話してたの。」
莉子「波美ちゃん。」
尚人「言ってきてくれた?」
波美「何の話してたの」
莉子「…私が、ここ出ていくの寂しいなって尚人くんに言ったんだよ。」
尚人「莉子、」
波美「やっぱり、あんた」
莉子「本当は私だけ残ればよかったのに私のせいでごめんね波美ちゃん」
波美「…」
尚人「…まだ間に合う、波美他のみんなと先に船に」
波美「いい。」
波美「…残る。」
______
尚人N「ざあ、と海のひいては返す波の音がやけに響いて聞こえる。僕らしかこの島にはいない。それがどうしてか胸をざわめかせた。」
波美「ねー?尚人。なんか新婚さんみたいだね。」
尚人「なにが?」
波美「おんなじ家にいて、ご飯の支度を私がして、食卓囲んでって。なんか、夫婦みたい。」
尚人「…」
波美「尚人?」
尚人N「最後の日くらいお泊まりがしたい、と駄々をこねた波美は僕の家に転がり込んだ。僕の家には波美と僕だけだった。莉子は」
莉子「じゃあ尚人くん、波美ちゃんのことお願いします。」
尚人「え、莉子もおいで?」
莉子「ううん。私は施設でいいよ。」
尚人「でもそれじゃ意味が」
波美「いいって。莉子はそっちの方が落ち着くんだから。ね?」
莉子「うん。」
尚人「…何かあったらすぐこっちにおいで。」
莉子「うん。」
尚人N「そう言って小さく手を振って1人で去って行ってしまった。」
波美「尚人!」
尚人「ああ。ごめん」
波美「…心配なら施設見てくれば?」
尚人「波美は心配じゃないの?」
波美「たった一晩でしょ。何でもないよ。」
尚人「…莉子は波美の家族でしょ」
波美「家族…?」
尚人「ずっと一緒に育った家族みたいな存在でしょ。…僕さ兄弟いなかったから波美達の施設、いつも賑やかで羨ましくて。波美と莉子は姉妹みたいだって島のみんなもいつも、」
波美「は、ははは」
尚人「波美?」
波美「私達が、姉妹?はは、尚人にはそうやって見えてたんだ」
尚人「だって昔はよく3人で」
波美「私は一度も思ったことない」
尚人「波美…」
波美「一度だって思ったことないよ。」
尚人N「ごお、と低い海鳴りが静まり返ったリビングに響いて消えた。」
______
莉子「…あ、尚人くん?」
尚人「莉子?外凄い雨だから。大丈夫か心配になって。」
莉子「大丈夫だけど…傘壊れちゃったよね。ちょっと待ってね」
尚人「ああ、いいよ。すぐ戻らなきゃ。」
莉子「波美ちゃん?」
尚人「…うん。波美も怖がってるから。」
莉子「尚人くん。こういう時はね、ちゃんとそばにいてあげないと。私は雨も雷も怖くないんだから。」
尚人「そうだけど…」
莉子「でも、ありがとう。」
尚人「…莉子」
莉子「なに?」
尚人「昼間の神様の話、」
莉子「うん」
尚人「僕さ、ずっと」
莉子「知ってるよ、私」
尚人「え?」
莉子「尚人くんがあの鳥居をくぐって、だーれもいない境内にそっとお参りしてたこと。」
尚人「莉子、」
莉子「どうして秘密にするの?」
尚人「そ、れは」
莉子「しきたりは嫌いだった?」
尚人「それは」
莉子「ねえ、」
尚人N 「覗き込まれた琥珀色のガラスの瞳に僕は目を逸らせなかった。」
莉子「神様は、嫌い?」
尚人「僕は、違う、違うんだ、その」
波美「莉子!!!!!!!」
莉子「ぁ、」
尚人「な、み」
莉子N「掴まれた喉。叩きつけられた後頭部。殺気立った目。ああ、いつもこの目で私を見る。知っていた。そうだ、ああ、そうだ。波美ちゃんにしよう。」
尚人「波美!!やめ、やめろ!!!」
波美「っ、」
莉子「波美ちゃん…」
尚人「莉子、血が…」
莉子「大丈夫。それより、ごめんね。波美ちゃん、雷怖いのに一人ぼっちになって怖かったよね。だから抱きついてきただけでしょう?」
波美「…」
尚人「え、」
莉子「え?そうだよ。」
尚人「そうだったんだ、波美」
波美「…うん」
莉子「尚人くん。私はもう大丈夫だから、2人とも戻って?ここには布団もないから尚人くんの家に帰ったほうがいいよ。傘ならあるから、持って行って。」
尚人「明日また朝一で来るから、施設から出ちゃだめだよ」
莉子「…うん。神に誓って。」
波美「…」
______
莉子「高天原に坐し坐して(たかあまはら に ましまして)
天と地に御働きを現し給う龍王は(天と地に みはたらきを あらわしたまう りゅうおうは)
大宇宙根元の(だいうちゅう こんげんの)
御祖の御使いにして(みおや の みつかいにして)
一切を産み一切を育て(いっさいをうみ いっさいをそだて)
萬物を御支配あらせ給う(よろずのものを ごしはい あらせたまう)
はは、なんてね。」
______
尚人N「朝起きると家に波美の姿が見当たらなかった。食事をした形跡も、荷物を持ち出した形跡もなく、ただ靴だけがなかった。カーテンを開け、窓を開くと土砂降りだった昨日の雨は上がり、水捌けの悪い道には大きな水溜まりがいくつもできている。そこに足跡はない。」
尚人「施設、行ったのかな…」
尚人N「莉子が寝ているはずの施設へ行ってはみたもののそこに波美の姿はなく、いるはずの莉子も消えていた。」
尚人N「僕は、ふと、ある場所が浮かぶ。」
莉子「神様って、いると思う?」
尚人N「波の音が聞こえる松林の奥。」
波美「信じなきゃ、叶えてもらえないでしょ?」
尚人N「いくつもの朱い鳥居を潜ると黄色と黒のテープまみれの境内。」
莉子「神様は、嫌い?」
尚人N「その中に葛木 波美(かつらぎ なみ)が立っていた。」
______
波美N「しきたりを、好きな人なんてこの島にいただろうか。いない。いないに違いない。窮屈で縛り合う無意味なしきたり、みんながみんな、嫌いだと言っていた。」
波美N「じゃあどうしてやめないの?って聞いたら、“小野田莉子”って神子(みこ)様がいるからよってそう言った。ああ、じゃあ全部莉子のせいだ。莉子さえいなくなればいいんだ。そうすればみんな喜んでくれる。そうすれば私をみてくれる。そうすれば。莉子さえ、お前さえ」
波美「お前さえいなくなれば」
______
尚人「…波美。」
波美「は、は、あ、あ、わわ、私わ、私」
尚人「何してんだよ」
波美「あ、ああ、あ、ど、どう、しよう」
尚人「…」
波美「なお、尚人、なお、なおとおお、なおと、ど、どうし、どうしよう、どう、どうひ、し、しよう、わ、わたし、ひ、人こ、ころ、し」
尚人「なにやっ、何やってんだよ!!!」
波美「うわあああああああんんん」
尚人「…莉子、ああ、もう、くそ」
波美「なお、と、」
尚人「足持て」
波美「え、」
尚人「いいから持てって!」
波美「うん、」
尚人「…軽いな」
波美「…」
尚人「…境内の裏に埋める」
波美「え、」
尚人「もともと何に使ってたか分からない穴が空いてたんだ。そこなら埋めるのに時間かからないだろうし。穴を掘る時間がないだろうが。もうすぐ迎えの船がくる。」
波美「莉子がいないのなんて言えば」
尚人「僕が埋めてる間考えてて」
波美「…」
尚人「殺した理由も聞かずにやってんだから。それくらい、しろよ。」
波美「…」
尚人N「ほつれた麻縄、白いセーラー服、覗く手足は青い血管が浮き上がるほど白くて細い。黒い水気を含んだ重い土が彼女を隠していく。そっと触れた彼女の肌にはもう何の温度もない。死がそこにあるだけだ。」
波美「尚人」
尚人「着替えてくる。」
波美「尚人、」
尚人N「温い(ぬくい)。生だ。生きてそこにいる。思えてしまう。どうしてお前が生きていて彼女が死んだのだと。どうしても思えてしまう。」
波美「ねえ」
尚人「波美、先に船着場行って。」
波美「ちょっと待ってよ尚人」
尚人「夕方もう一回迎えにきてって伝えて。」
波美「ねえ、」
尚人「手伝ってやったんだから!!それくらい、いいだろ。」
波美「…わかった」
波美N「その強引に振り払われた手をもう一度取ることはできなかった。」
______
尚人N「ぎし、となく。腐食しかけた境内の床。彼女のものであろう赤黒い血がこびり付いていた。掠れたそれをそっと指で撫でる。中指の爪に黒い土がまだ残っていた。」
尚人「莉子。」
尚人N「そう彼女の名を呼ぶと、ふと、口が勝手に動き出す。今まで生きてきて口にしたこともない言葉の羅列。そのどれもが知らない単語で」
尚人「高天原に坐し坐して(たかあまはら に ましまして)
天と地に御働きを現し給う龍王は(天と地に みはたらきを あらわしたまう りゅうおうは)
大宇宙根元の(だいうちゅう こんげんの)
御祖の御使いにして(みおや の みつかいにして)」
尚人,莉子「一切を産み一切を育て(いっさいをうみ いっさいをそだて)
萬物を御支配あらせ給う(よろずのものを ごしはい あらせたまう)」
【途中で莉子役が重ねてください。】
尚人「ひ、」
莉子「神様は、嫌い?」
______
波美N「新しい街は何もかもが美しかった。何もかもがある。友達も歌も恋も何もかも欲しかったものがたくさんある。私のことを可愛いと、みんながみんなそう言ってくれる。だから私もそう返してあげている。ああ、美しい。美しい。1番の願い事は叶わなかったけど2つ目も3つ目も4つ目も叶った。ああ、ああ。神様って本当にいたんだ。ああ、神様って、いたんだ。だから」
波美N「赤いリボンを掲げて、新しい神さまを信仰することにした。」
______
____
__
(上記で終わることも可能です。
以下、波美と莉子の境内でのシーンです。
演じられる場合は間をあけてNよりお願いします)
※Nは尚人役が演じてください。ただし、尚人ではありません。
N「ぬかるんだ土が右足を掴む。待てと、行くなと言う。振り払うと次は左足、また彼女の足を掴む。さっきまで唸っていた海鳴りもまた何もかもが悲鳴を上げてもう一度彼女を止める。行くなと言う。」
波美「莉子。」
莉子「波美ちゃん。」
波美「私、あんたが嫌いだった」
莉子「うん。」
波美「綺麗で、可愛くて、みんなあんたが好きで。でもみんなあんたが嫌いだった。」
莉子「…そうだね。」
波美「ねえ、いなくなってよ。」
莉子「…」
波美「新しい街に行ったらさ、消えてよ。私達の前からさ。消えてよ莉子。どっか行ってよ。誰も知らないどっか遠くでさ、あんたの好きな本でも読んだら?何だっけ、愛とは?フランシス?あー、ほら。昔言ってたでしょ。」
莉子「フランシスベーコン?」
波美「知らないけどさ。いいから、いなくなってくれればどうでもいいから。」
莉子「…」
N「さあ、と。全ての音が鳴り止んだ。この島の全てが生きるのをやめた。彼女を諦めた。彼女が死んだのだ。」
莉子「かわいそう」
波美「は」
莉子「波美ちゃん、かわいそう」
波美「なに、」
莉子「私に一生執着して、かわいそう。醜くてかわいそう。」
波美「お、まえ」
N「ぎし、腐食しかけた境内の床。彼女はローファーを脱ぎ裸足で上がる。白い足の裏がすぐに汚れていく」
莉子「波美ちゃん。ルドンのグランブーケって知ってる?」
波美「、」
莉子「外の世界は美しいものがたくさんあるんだって。楽しみだね。でも、私がいたらきっと楽しめないよ。だって私がずっと波美ちゃんの頭の中をいっぱいにしちゃうもんね。」
波美「お前、さえ」
莉子「うん」
波美「お前さえ、いなくなれば」
莉子「そうだね」
波美「っ、ぅあああああああああ」
N「ダン、波美は土足のまま境内に上がり彼女に掴みかかった。無抵抗の彼女は後頭部を叩きつけられ喉を素手で締められる。」
莉子「そ、れじゃ、だめ、だ、…、あ、れ」
波美「煩い!!!!」
莉子「あ、れ、」
波美「…!クソ!!!」
N「彼女の細い指が刺す先には麻縄とボロボロになった祓幣(はらいぬさ)が落ちていた。波美は彼女の喉から手を離し麻縄を取りまたすぐ戻り首にかけていく。」
波美「…死にたかったってこと。」
莉子「…」
N「何も言わない彼女に、波美は」
波美「ちょうどいいじゃん。」
波美「死ね」
N「右往左往泳ぎ回る透き通ったガラス玉の瞳と、ぱちり、目が合った」
N「ああ、この島に神が降りた。」
かのじょの ヒロイズム 有理 @lily000
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