きょうはん?

「明子ちゃん」



捕まらないよう、素早く帰る準備をしたはずなのに、私の努力も空しく目の前の女に打ち砕かれる。

まるで私の行手を塞ぐかの如く、仁王立ちで佇むあの子に、私は両手を上げる。



「……わかった、わかったから」

「いぇ〜い、流石明子ちゃん!」



右手をガシっと掴まれそのまま、自分の席に誘導される。ぶんぶんと掴まれた右手を振られて腕全体が早速疲れていく。

せめてもの抵抗とばかりに、不遜な態度で席に着くと、あの子はそれはそれは優雅に椅子を引いて着席した。

それにまた、苛立ちを覚えていると、どこかの司令みたいに両手を口元で組みながら、あの子は喋り出す。



「では、本日の家出計画の議題は……スマートフォンについてです」

「え、何で」

「何でって何で?」

「昨日、置いてくって言ったじゃん。なのになんでまた話すの」

「それはね……」



組んだ両手を解いて、人差し指を左右に振るあの子。目を閉じて片眉を上げているところを見ると、改めてこの女は表情豊かだな、と見当違いな感想が出てくる。



「明子ちゃんのスマホの問題は解決してないから!」

「……はあ?」



素っ頓狂な返事に、とても不機嫌な反応で返してしまう。

私の反応に目を丸めるあの子に、昨日から言っていたはずの思いをまたぶつける。



「いや、何で私も家出する事になってんの」

「え? しないの?」

「しないわ!!」



大きくなった声と共に、あの子の机を手で叩く。

想定よりもデカい音が出て、まだ教室に残っていた人達の目線が刺さる。

咄嗟に身を縮こませて気配を消すが、あの子はそんな私の気まずさを汲み取るわけは無い。



「え〜、しないのか。明子ちゃん」

「……しないよ」

「ん〜……、じゃあ、会議だけに付き合って貰う形になるね……」

「は、」



またもや吐き出た不満に、あの子は申し訳なさそうに肩と目線を落としている。



「本当は家出も一緒が良かったけど、明子ちゃんが言うならしょうがないか」

「いや、一緒に行かないってなったら普通、会議参加しなくてもいいでしょ」



真っ当な指摘をしたはずなのに、言われた相手には全くもって刺さってないご様子。

何なんだよ、コイツ。

ひくつく口の端を鎮めようとしていると、あの子は平然と爆弾発言を落とす。



「でも明子ちゃんはもう、共犯だから」

「…………どういうこと?」

「だって明子ちゃんには色々話しちゃったんだもん」


勝手に話しただけだろ。


「だから今更、手放してはあげられないなぁ。他の人に話されても困るし」

「絶対話さないから」

「信用できないなぁ」

「いやいや、そんなあからさまに面倒くさい問題に首突っ込みたく無いから」

「ダメダメ、言い訳は聞きませ〜ん」



あの子は耳を塞いで、下手くそな口笛をしている。分かりやすすぎる。

どうやら向こうは、こちらの話を聞く気が一切無いらしい。

もう仕方がない。ここでごねても時間の無駄だ。

ただてさえ話を聞かないあの子には、正論を説くよりも、満足するまで付き合って、さっさと終わらせてほうが早いはず……多分。

負の感情を持っている事を隠さずに、膝に手を着いて盛大にため息をつくと、頭上から笑い声が聞こえてくる。



「わは、かわいそう。明子ちゃん」

「うるさ」



一体誰が、私を可哀想な目に合わせているんでしょうね。

直球な暴言にも笑顔で返すあの子に、またもや両手を上げて、抵抗する事を諦めた。










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