机上の家出
塩田ラグモ
はじまり
知らない人のスマホの画面越しに映るあの子。
それが最後の思い出。
放課後。
部活に向かう人、友達と談笑する人、もうとっくに鞄を持って廊下に行った人。
堅苦しい空気から放たれた学生がひしめき合う時間。
私はというと、この熱気に揉まれたくないので意図的にのんびりと帰り支度をしていた。
「明子ちゃん」
突然、名前を呼ばれて振り返る。
そこに居たのは、帰り支度もせず呑気に座っている、にっこり笑顔のあの子だ。
「……何?」
あまり親しくない人物に話しかけられて不思議に思う。彼女が私に話しかける理由を考えてみる。しかし、あの子は委員会に所属しているわけでもないし、臨時の係についていたわけでもない、
はずだ。
当たり前だが、親しくない人の役職やらなんやらを把握しているはずもないので、大人しくあの子の出方を待つ。
「明子ちゃん」
二度目のお呼ばれ。
人を引き留めている割に、彼女はゆったりと時間を消費している。
さっさと本題に入って欲しいのだが。
もしかして、揶揄われているのかとあの子に対する不満が少しずつ蓄積されそうになった時、ようやくあの子は会話を始める。
「逃げない?」
「……は?」
「一緒にさ、家出しない?」
いざ会話が始まったのは良いが、今度は内容が理解できない問題が生まれた。
家出?
家出って、私の思うソレで合ってる?
それとも、何かの隠語か比喩なのか?
困惑の色が隠しきれなかったのだろう、あの子は笑みを崩さぬまま私を宥める様に、手をヒラヒラさせながら続ける。
「急に言われてもびっくりするか」
当たり前だろ。
「実はさ、私ずっと家出したいなーって考えてたんだけど一人でやるのもつまんないかもって思い始めてさ」
「……はあ」
「一緒に家出について考えてくれる人が欲しくて探してたら、丁度明子ちゃんが!」
「探したって、目の前にいるじゃん」
「たしかにー」
嬉しそうに笑うあの子。
話を聞く限り、暇つぶしにの為に声を掛けてきたらしい。そんな下らない事の為に呼び止められたのか。
「ごめん。あんまり興味ない」
もう人の波も落ち着いてきた頃だ。
あの子には申し訳ないが帰らせてもらうことにしよう。鞄を持って断りを入れた時、
「あんまりってことは、ちょっとは興味あるの?」
振り返る。
視界に映るのは姿勢も表情も変わらないあの子の姿。
ここまであからさまにあしらったはずなのに何故笑っていられるのだろう。
思わず足を止めてしまった私にあの子は続ける。
「ちょっとだけ時間ちょうだいよ。暇つぶしだと思ってさ」
何もかもお見通しです、みたいな顔に若干の苛立ちを覚えた私は持っていた鞄を机に置いた。
そして椅子をあの子と向き合わせになるように移動させて座る。
付き合ってやろうじゃん。暇つぶしに。
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