この世がなくなりますように
A:あれは――どうなっているんだ!
(彼の声は焦りを夜空に滲ませていた。)
B:『月』のはなし――かい?
(彼女の声は揺蕩い響いた。)
A:それ以外ないだろ……。お前、何か知ってる?
(ざわめく焚き火の様に疑念を赤々と弾けさせている。)
B:《Wish》だよ。それ以外ないでしょ?――誰かが《願った》んだよ。「この世がなくなりますように」ってね。
(夜風に揺れる野の花の様に軽やかに笑い、騒ぎを静かに鎮めている。)
A:じゃあ、なくなるのか……この世界が……。
(枯れ葉が散る青い月を見ながら諦めを落とした。)
B:僕にわかる訳ないよ――魔法使いじゃないんだから。
(空面を滑る青い月に無関心を投げ終わっていた。)
A: まだ間に合うだろ?――あの光の先に探しに行こう。
(彼の声は、岩を砕く鉄槌の如く、決意を夜の静寂に力強く刻み、歩み始めていた。)
B: 何処にいるのかも分らないのに……でもいいよ。
(彼女の声は、夜中の森を跳ねる蛍の如く、気ままに瞬き彼の歩調に軽く並んでいた。)
A:荷物は……いらないな。持っていくものなんて、何もない。
(彼の声は、夜露に濡れた石のように静かで、重みを帯びていた。)
B:記憶くらいは持っていこうよ。ほら、あの木の根元に埋めたやつ。
(彼女の声は、朝露を弾く蜘蛛の糸のように、細く、柔らかく揺れていた。)
A:振り返らないぞ。もう、ここには戻らないかもしれない。
(彼の声は、枯れた枝を折る音のように、静かに覚悟を告げていた。)
B:じゃあ、最後に月を見ておこうよ。あの光だけは、どこにいても届くから。
(彼女の声は、夜空に浮かぶ雲間の月を撫でるように、優しく響いていた。)
彼らの住処は、森の奥の誰も知らない場所。
苔むした岩と、月見草の咲く小道。人間の目には映らない、静かな世界。
二人は駆け出した。
荷物はない。 持っていくのは、記憶と、願いと、名前だけ。
夜を踏みしめるように。 その先に何があるのかも知らず、
ただ“誰かの願い”を探すために。
そして、森を抜け丘の上に差し掛かったとき――二つに割れた月。
その光に照らされた二つの影は、 人のものではなかった。
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