【1日目Bパート】お侍様、どうぞごゆっくりお休みください ~せせらぎの巫女の介抱タイム~
// 先輩の声がかすかに聞こえる。
合戦? そこは、戦場なのかな……?
// 先輩の声が遠ざかり、矢の飛び交う音や馬のいななき、刀同士の打ち合う音が聞こえてくる。
//
// 遠ざかる合戦の音。あなたの足並みが乱れている。負傷している。
// 木々の枝を折りながら逃げていると、せせらぎの音が聞こえる。
// 河原にたどり着いたあなたは力尽き、砂利の中に倒れこむ。
// 雨が降り始める。耳元の石で雨粒がパラパラとはじける。
// しばらくの間、雨音だけしか聞こえない。
// 雨の中、家路を急ぐ巫女が通りかかり、あなたに駆け寄る。
// あなたの息を確認する巫女は、耳元で問いかける。
// 可憐な声で
もし。もし。お侍様?
// 安堵して
ああ、よかった。
生きて……いらっしゃった。
// あなたは、顔を上げる。巫女の顔には見覚えがある。オカルト研究部の先輩にそっくりだ。「先輩」と呼びかけてみる。
// 当惑して
せん……ぱい……ですか? いえ、わたくしはそのような名ではございません。
……が、あなた様とは、どちらかで……お会い、していますでしょうか。
// 濡れた衣擦れ。
// 巫女はあなたに手を貸して起こそうとしてくれるが、あなたの意識はそのままフェードアウトし、巫女の声は遠ざかっていく。
あの……立てますでしょうか?
このようなところで雨に濡れては御命にかかわります……。
わたくしの
あの、お侍様? お侍様?
◇
// 囲炉裏の火がぱちぱちと燃える音であなたは目を覚ます。
// あなたは庵の中に寝かされている。
// 巫女はあなたのそばでうとうととしていて、息遣いが聞こえる。
// あなたが身体を動かすと布団がざっと音を立てる。
// 疲れた声で、しかし、それ以上の安堵の吐息を漏らして
ああ、お侍様……。ようやく目を覚まされたのですね……。
// 起き上がろうとしてふらつくあなたを巫女が支えてくれる。
// 抱き合うほどの近い距離で
いけません。お侍様……。いきなり動いては……傷が開いてしまいます。
// 優しく耳元で
丸二日寝ていらっしゃったのです。ゆっくりと身体を慣らしてください。
// あなたの身体を身体で支えながら、椀にとろみのある液体を注ぐ。
たんぽぽの根を煎じました。葛の粉を入れて飲みやすくしています。
// 巫女、匙ですくう。
ふーっ。ふーっ。さあ、どうぞ。
// とろりとしたたんぽぽ茶を、あなたはごくりと嚥下する。
ゆっくりと飲んでくださいね。お侍様のお身体が温まりますように。
// 巫女、次のひと匙をすくう。
ふーっ。ふーっ。
// あなたがそれを飲み、人心地がつくと、巫女、あなたを布団に横たえる。
わたくしはこの村で巫女のまねごとをしている者です。
何があったかは存じませんが、これも何かの縁かと存じます。
粗末な庵ではございますが、ごゆっくりとお身体をお休めください。
おやすみなさいませ。お侍様……。
◇
// 三か月後、順調に回復したあなた。
// 巫女が家を空けている間にできることは……と、村の手伝いをしていた。
// 今日は巫女の庵のそばで薪を割っている。
// せせらぎの音と高く飛ぶトンビの声の中、スカン、スカンと斧が薪を割る音が響く。
// 巫女が戻ってきた足音。あなたは斧を振るう手を休める。
// うれしそうに
もう、お身体は良いようですね。
薪を……こんなに……割っていただいたのですか。
ありがとうございます……。
村の人もお侍様が手伝ってくださったので、田植えが早く終わったとお礼を言っております。
お礼にお野菜をいただいたのですよ! 見てください。
// 巫女駆け寄ってくる。
// 籠の中の野菜がガサガサと音を立てる。
エンドウマメです。塩ゆでにいたしましょう。
// もじもじとしながら
お侍様が村にいらっしゃって
村の皆も助かっております……。あの……お侍様さえよろしければ……。
// 何かを言いたげな巫女を遮るように、あなたは使命のため家に帰ることを告げる。
// 巫女、ショックを受けて、野菜の入った籠を取り落として
え……山を下りられる? ですか……? ……また、
// 巫女、あなたを引き留めようとするが、あなたの決意の固さを感じてそれを言い出せない。
……なすべきことが……ある……。そうですか……わかりました……。
// 巫女、決意を籠めて、あなたの手を握り寄り添う。
でしたら、わたくしめに、お侍様の
// 今生の別れを覚悟して
そのようなざんばら頭のお侍様をお見送りするのはわたくし、大変心苦しいのです……。
◇
// 巫女の庵、遠くにせせらぎの音が聞こえる。
// たらいにお湯を注ぐ音
では、
汚れを拭いますね。
// 巫女はあなたの髪をお湯で濡れた布で拭う。
// 汚れを拭っては、たらいで布を洗い、巫女が布を絞り、また拭う。
// せせらぎの音の中で、ただそれだけが繰り返される。
// 巫女、あなたの頭皮に触れながら
お侍様の怪我、きれいに治ったようで、良かったです。
初めてお会いした時はひどいお怪我で……。
// あなたは巫女の介抱に改めて礼を言う。
いえ、そんな、わたくしめの力など……。
お侍様が生きようと頑張ったのです。
// 汚れをすべて拭い終えると、巫女は布をたらいに付け、櫛と鋏を取り出す。
// あなたの髪を巫女は櫛と鋏とで梳いていく。
// チャキチャキとした鋏の音と、シャリシャリとした櫛の音。
// 巫女、陶器の瓶をとりだす。
油で整えて、結いますね。
// 巫女はあなたの髪に瓶から菜種油を垂らすと、優しくマッサージする。
// 油が回ったところで、髪をまとめて
髪をまとめて
んしょっと。
……完成です。恰好良いですよ。
// 震える声で
ご武運を……。
◇
// 鶏の鳴き声。翌日の朝、山を下りようとするあなたを、巫女が見送る。
// 村を流れるせせらぎの音が遠く聞こえる。
この道を行けば、里へと降りられます。
その……やはりわたくしが里まで
// 泣きそうな声で
はい……。そうですか……。お気をつけて……。さようなら……。
// 村を去っていくあなたの足音、しかし、立ち止まり、踵を返すと巫女に走り寄る。
// あなたが巫女を胸に抱きよせた衣擦れの音。
え……?
// 巫女の心臓の音がとくんとくんと聞こえる。
// あなたは巫女に、使命を果たしたら、巫女を迎えに来ることを告げる。
戦が終わったら、わたくしを迎えに……?
そ、その、それは……。
め……
// 巫女うれし泣きしつつ
はい。もちろんです。うれしい……。
ええ、ええ……。待ちます。わたくし、いつまでも……。
// 巫女、懐から和紙を取り出して、あなたに手渡す。
// カサっと和紙のこすれる音。
この
わたくしの、想いです……。
渡す……勇気が……ありませんでした……。
でも、あなた様のお言葉に、わたくしもお応えしなければ……。
// 泣きながら熱っぽく
お約束します。想い続けます。あなたのことをずっと、ずっと……。
// あなたが村を離れ、歩いていく足音だけが響く。
// せせらぎの音が遠ざかっていく。
// 森の中、木々のざわめきとあなたが山道を歩く音。
// あなたは立ち止まり、懐から巫女のくれた文を取り出して広げる。
// トンビの鳴き声。
// あなたの背後、村のほうから、ほら貝の音と何かが燃えるような音が聞こえてくる。
// 燃える音は風と共に広がり、あなたを飲み込もうとするが、それは同時にフェードアウトしていく。
// オカルト研究部の部室の置時計の秒針の音と放課後の学校の音がフェードインしてくる。
// あなたをのぞき込むようにして肩を揺らす先輩。
キミ。大丈夫かい? ねえ?
え? 巫女……さん?
いや、無事なのか心配しているのはボクのほうなんだけど……。
そうか……。前世でボクみたいな人と出会ったんだね……。
ふふ、やっぱり縁があったんだね。
……うれしいよ。
それで、キミはどういう人だったのかな?
ボクとの関係は?
あんまり、覚えてない?
そっか……。残念だ……。
え? 髪を洗ってもらったんだ。
// 少し考えて
じゃあ、ソファに座ってくれるかな?
// 先輩はあなたをソファの真ん中に座らせると、自分は右隣に座って、膝をポンポンとたたく。
おいで。ひざまくらしてあげよう。
// 先輩はサイドボードから耳かきを取り出す。
ボクも、キミと過ごした前世の記憶を思い出したいからね。
前世のボクがキミとしたことをやれば、思い出すかもしれないだろう?
学校で髪を洗うのは無理だからね。耳かきしてあげるよ。
いいから、いいから……。遠慮しないで。
// あなたは先輩に強引に抱き寄せられるようにして、先輩のひざに頭を預ける。
// セーラー服のスカートの生地がこすれる音。
力を抜いて……。左の耳から行くよ……。
// 左の耳を耳かきしながら
ふふ、カリカリ、カリカリ……。
くすぐったい?
ふふ、動かないで? 大丈夫だから。
ほら、取れた……。
// 先輩はあなたの左耳に息を吹きかける。
ふ~っ。
どう? 巫女さんみたいにできてるかな?
次、右の耳、しよっか……。
// 優しく肩を押されるままに、あなたはソファの上で寝がえりを打つ。
// 右の耳を耳かきしながら
じゃあ、右耳もきれいにしちゃおう……。
カリカリ……と……。
ねえ……なにか、ヒント、ないかな?
あ、動かないでね。そのまま……。よし……と。
// 先輩はあなたの右耳に息を吹きかける。
ふ~っ。
// 先輩はあなたの頭をなでながら、優しく右の耳元で話し続ける。
なんだか、あったかい気持ちになったよ。
// あなたは身体を起こす。
// 先輩はあなたの右で座り直し、ソファがきしむ。
なにか、ほかに思い出したことはない?
// あなたの中でカサっと紙のこすれる音がする。
え? 文をもらったの?
なんて書いてあったんだい?
……「種」とか「岩」とか? 書いてあった……?
// ちょっとすねるように
もう……ボクからの今生の別れの文ぐらいちゃんと覚えておいてほしいなあ。
// 少し考えて
あ、待って、思い出した。古今和歌集に似た歌があるよ。
// 先輩は棚から和歌集を持ってくると、膝の上で広げて、歌い上げる。
ほら、これ……。
古今和歌集 巻十一 512 よみびとしらず
// 先輩はあなたのほうに座りなおして近づく。ソファがきしむ。
キミが巫女から受け取った文、きっと、キミが伝えてくれたんだね。今の時代に……。
// 右からは先輩、左からは巫女の声で同時に
(先輩)ボクのきもちを……。
(巫女)わたくしの想いを……。
え? どういう意味か分からない? ふふ、説明してあげるよ。
// 先輩、身体を伸ばして、サイドボードから鉛筆とメモを取る。
// あなたのひざの上に本を広げるとその上にメモを置く。
// 眼鏡の位置を直すと、あなたの隣で得意そうに
この歌を現代語訳するとね。
// 先輩がさらさらと鉛筆でメモの上に和歌を現代語に訳していく。
種さえあれば、岩の上にも松が生えるように。
恋する心を持ち続けていれば、逢わないということがあるだろうか。
という意味なんだ。
うん、そうだよ。
// 衣擦れとソファのきしむ音。
// 先輩はあなたの肩に身体を持たせかけるようにして寄り添う。
// 膝に乗せていた本と鉛筆が教室の床に落ちてばらばらと音を立てる。
// 耳元で
必ずもう一度逢うってことさ……。
キミに……。
ねえ、お侍様? // 先輩の声のまま
// コチコチと秒針の音と先輩の吐息だけが聞こえる。
// 唾を飲み込む音。
// 一瞬の無音。
// 先輩が息を吸い込んだ瞬間、下校のチャイムが鳴り、先輩はあなたから名残惜しそうに距離を取る。
ふふ、下校時間だね。
今日はもう帰ろうか。
明日も、付き合ってくれる……かな?
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