第6話

いつもなら少し混み始める時間だけど、平日ってこともあってか、偶然お客さんの並びはなかった。


レジにいた彰人が私を見るなり、色々察してくれたのか裏からパスケースを持ってきてくれた。



「え?!ごめん、わざわざ!今取りに行こうとしてたのに!」


「ちょうどさっき、ピークで忙しいの落ち着いたとこだったし。

……つーか、あれ?彼氏は?外で待ってんの?」



私にパスケースを渡したあと、少し伸びてきた髪をかきあげて外をチラッと確認した。

狭い入り口はレジまで全然距離がない。


「あ、うん。じゃあ私、もう行くね!」



「結奈、これ」



パスケースと一緒に持ってきたのか、私の好きなお店のお菓子を渡してきた。

カラオケから歩いて20分くらいの所にある比較的有名店。



「え?!なにこれ、なんで?!」


「さっきの休憩でダッシュした。パスケース取りに戻るかなって思ってたから。

いっつもこれ、好きって言ってたし。


オレンジピールであってたよな?あと、なんかチョコレートのやつ、」



彰人が入り口に目を移して、説明を途中でやめた。


お客さんかなと思って、私も振り返ると、既に私の後ろにはカクの姿が。



「はじめまして、結奈ちゃんの彼氏です」



被ってた帽子を外して、頭を下げ、ニコッと笑う。

そして彰人がくれた紙袋を優しく私の手から外した。



「あー……、はじめまして。菊見彰人です。

結奈とは仲良くさせてもらってます」


彰人が何か言いかけたとき、レジ横の電話が鳴る。

彰人は軽くカクに頭を下げて、レジに戻った。


私も手を振ってカラオケを後にする。


そして、店を出ると同時にカクの背中を軽く叩いた。



「ちょっと!なんで?!」


「いや、5分経っても全然戻ってこないから」



笑ってなくて、私は言葉が出てこなかった。目も合わない。


そしてロータリーでタクシーを停める。

電車だと思ってたから少しびっくりした。


カクはベースを先に入れて、奥の座席に座った後、私の荷物を膝の上に置いてから私の手を握る。心なしか、強く握られた気がする。



「あれ、電車じゃないの?」


「運転手さん、ホテルテラシマまでお願いします」



そう告げてから、3分くらい沈黙があって、カクが私の手に手を重ねたけど、こっちは見てくれない。



「……あの人は店長じゃないなーて思ったから、気づかれないかなって思って」


「あ、うん……。そう、同級生で、」


「菊見彰人でしょ」



やっとこっちを見たって思ったけど、やっぱり、笑ってなかった。



「知ってる。そいつからよく連絡来てるよね」


「あ、うん。バイト先の幹事長みたいな感じだから……」



……ていうか、怒ってる……?え、絶対怒ってるよね?

タイミング的に多分、彰人のことだとは思うんだけど……。


でも、カクって嫉妬とかするタイプだっけ……?



何回か、高校時代に同じクラスだった男子と距離近い的なことを言われたことはあるけど、冗談ぽい感じだったし、少なくとも怒られたことはない。


それに彰人とは二人で出かけるとかはもちろんしたことないし、あいつはそもそも全女子との距離感がバグってるところあるし。



「……あの、カク、」



話しかけようとしたら、ちょうどホテルに着いてしまった。


私の荷物を全部持って、私と歩幅を合わせて、だけど、目は合わない。



それがこんなに悲しいなんて。



すごく豪華なホテルのフロントは高い天井にシャンデリアがたくさん。赤いカーペットはふかふかだった。受付にカクが名前を告げると、お姉さんは頷いて、カクの荷物を荷台に乗せ、エレベーターに案内される。


荷物から解放されたカクが私の左手を握ってくれて、すごく安心して、私もカクの右手を握り返した。


私がカクを見上げると、やっと少しだけ笑ってくれて、私は繋いでくれてる手をカクの腕に移動させて、空いてる右手でカクの右手を握った。


くっついていたい、離れたくない。

なんでかわからないけど、怒らないでほしい。

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