【完結】美の残響、力の時代 ~宮廷魔術師の光と闇~

冥界焔つむぎ

栄光の日々

# 美の残響、力の時代 ~宮廷魔術師の光と闇~


## 第一話 栄光の日々


私の名はアルティウス・ブレイザー。王都の宮廷魔術師として、この地位に就いてから三年の月日が流れた。


朝の光が魔術研究塔の窓から差し込む中、私は今日も実験台に向かっていた。昨夜から続けている光素変換の術式改良は、ついに理想的な形に近づいている。魔力の流れを可視化する水晶球の中で、青白い光が完璧な螺旋を描いて踊っていた。


「美しい」


思わず呟いた言葉が、静寂に満ちた研究室に響く。これこそが私の求める魔術の真髄だった。精密で、創造的で、そして何よりも美しい。魔術とは単なる力の行使ではない。それは芸術であり、哲学であり、宇宙の真理に触れる行為なのだ。


宮廷には私よりも地位の高い魔術師たちがいる。首席宮廷魔術師のクラウディウス卿、副首席のセレーナ様、そして各部門の長たち。彼らは皆、私よりも経験豊富で、より深い知識を持っている。しかし、私には確信があった。いずれ私も彼らの域に達するだろう、と。


なぜなら私には才能があったからだ。魔術学院を首席で卒業し、宮廷魔術師の選考試験でも上位の成績を収めた。そして何より、私は努力を惜しまない。毎日、朝から夜遅くまで研究に没頭し、新しい術式の開発に心血を注いでいる。


「アルティウス君、また徹夜かね?」


振り返ると、同期の魔術師であるマルクスが心配そうな顔で立っていた。彼も優秀な魔術師だが、私ほどの情熱は持っていない。


「魔術への探求に休息など必要ありません」私は微笑んで答えた。「昨夜の成果をご覧ください」


水晶球の中で踊る光の螺旋を見せると、マルクスは感嘆の声を上げた。


「素晴らしい。君の術式はいつ見ても芸術的だ」


そう、これが私の魔術だった。力任せの粗野な魔術ではなく、繊細で美しく、そして完璧に計算された魔術。私は自分の選んだ道に誇りを持っていた。


午後、宮廷での定例会議が開かれた。各魔術師が自分の研究成果を報告する場だ。私は先週完成させた「月光凝縮術」について発表した。月の光を物質化し、治癒効果のある結晶を作り出す術式である。


「興味深い理論ですね」クラウディウス卿が頷いた。「実用性も高そうだ」


他の魔術師たちからも好評を得た。私の胸は誇らしさで満たされた。このまま順調に研究を続ければ、きっと近いうちに昇進の話も来るだろう。


夕暮れ時、私は宮廷の庭園を歩いていた。薔薇の香りが夜風に乗って漂い、噴水の水音が心地よく響いている。すべてが完璧で美しい。まさに私の魔術のように。


「未来は明るい」


私は空を見上げながら呟いた。星々が瞬く夜空の下で、私は自分の前途に確信を抱いていた。才能と努力、そして純粋な探求心。これらがあれば、どんな高みにでも登ることができるだろう。


研究室に戻り、私は再び実験に取り掛かった。今度は新しい防御術式の開発だ。従来の障壁術よりも効率的で、なおかつ美しい光の模様を描く術式を考案中だった。


深夜になっても、私の情熱は衰えることがなかった。魔術への愛、美への憧憬、そして完璧を追求する心。それらが私を突き動かしていた。


      ◆ ◆ ◆


## 第二話 現実の壁


三年が過ぎた。


私の研究は着実に進歩していた。新しい術式を次々と開発し、魔術理論の論文も数多く発表した。しかし、私の地位は思うように上がらなかった。


同期のマルクスは既に中級魔術師に昇進していた。リディアは防御術の専門家として頭角を現し、トーマスは召喚術の分野で注目を集めている。そして私は、まだ初級魔術師のままだった。


「なぜだ?」


私は自問自答を繰り返した。私の術式は彼らよりも美しく、理論的にも優れているはずだ。それなのに、なぜ私だけが取り残されているのか?


答えは残酷だった。宮廷には、私よりもはるかに才能に恵まれた魔術師たちがいたのだ。


エリアス・ヴォルフガング。私より二歳年下でありながら、既に上級魔術師の地位にある天才だった。彼の魔術は驚異的な威力を持ち、術式の構築速度も常人の数倍だった。生まれついての天才。それが彼の正体だった。


「アルティウス、君の術式は確かに美しい」ある日、エリアスが私に言った。「だが、美しさだけでは戦場では通用しない」


彼の言葉は私の心に深く刺さった。美しさだけ、か。しかし、魔術とは美しくあるべきではないのか?


さらに衝撃的だったのは、後輩たちの成長だった。私が入宮した年に新人として入ってきたセシリアは、わずか二年で私と同じ水準に達していた。そして昨年入ってきたダミアンに至っては、すでに私の術式を理解し、改良案まで提示してくる始末だった。


「先輩の月光凝縮術、素晴らしいですね」ダミアンが無邪気に言った。「でも、ここの部分をこう変えれば、もっと効率的になりませんか?」


彼の提案は的確だった。そして、私が三年かけて完成させた術式を、彼はわずか数日で理解し、改良してしまったのだ。


屈辱だった。


私は必死に努力した。睡眠時間を削り、食事も忘れて研究に没頭した。しかし、天才たちとの差は縮まるどころか、むしろ広がっていくように感じられた。


「アルティウス君、少し休んだ方がいいのでは?」マルクスが心配そうに言った。「最近、顔色が悪いよ」


「大丈夫です」私は強がって答えた。「研究が佳境に入っているだけです」


しかし、実際には私は追い詰められていた。どれだけ努力しても、生まれついての才能の差は埋められない。それが現実だった。


ある夜、私は研究室で一人、失敗した実験の残骸を見つめていた。新しい転移術式の開発に取り組んでいたが、またしても期待した結果は得られなかった。


「私には才能がないのだろうか?」


初めて、そんな疑問が心に浮かんだ。これまで私は自分の才能を疑ったことがなかった。しかし、周りの天才たちを見ていると、自分の限界を痛感せずにはいられなかった。


それでも私は諦めなかった。諦めることなど考えられなかった。魔術は私の人生そのものだったからだ。美しく、精密で、創造的な魔術。それが私の存在意義だった。


だが、現実は容赦なく私を打ちのめし続けた。


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