第5話 雨音のアンサンブル
その日の放課後は、土砂降りの雨だった。ざあざあと降りしきる雨が、アスファルトを叩く音が校舎に響き渡っている。
「うわ、すごい雨……。これじゃ外での音探しは無理だな。今日は中止か」
僕が窓の外を見ながらそう呟くと、隣にいた響さんは静かに首を横に振った。
「ううん。最高の音源が、すぐそこにあるじゃない」
彼女が指さしたのは、絶え間なく雨粒が打ち付ける音楽室の大きな窓ガラスだった。
「雨の音を録るの? でも、いつもと変わらないんじゃ……」
「ただ録るだけじゃない。今日は、アンサンブルにするの」
「アンサンブル?」
「うん。音と音を、重ね合わせるってこと。ね、音無くんは、あの窓際に行って」
「窓際?」
「雨粒が窓を叩くリズムに合わせて、指で、ガラスを軽く弾いてみてほしい。パーカッションみたいに」
言われるがまま、僕は窓際に立つ。ぱらぱら、と不規則に響く雨音に耳を澄ませる。どのタイミングで弾けばいいんだ?
「難しく考えなくていい。雨の音に、あなたの音を乗せてみて。あなたの『凪』が、きっと一番いいリズムを見つけてくれるから」
僕は目を閉じ、一滴が「こん」と窓を叩いた瞬間に合わせて、指先でガラスを弾いてみた。「ぴん」と、硬質で、透明な音が響く。
「そう、その音……! すごく綺麗……!」
響さんはヘッドホンの中で目を輝かせると、急いでピアノの前に座った。
「私も、音を重ねる。あなたの音と、雨の音に」
彼女が弾き始めたのは、ぽつり、ぽつりと、雨だれのような、シンプルで優しいメロディだった。
窓を叩く、自然の雨音。
僕が指で奏でる、ガラスの音。
そして、響さんが紡ぐ、ピアノの音。
最初はバラバラだった三つの音が、互いの響きに耳を澄ませるように、少しずつ、不思議な調和を生み出していく。
「すごい……。なんか、本当に音楽になってる」
「うん……。楽しい……」
彼女の声は、夢中になっている子供のようだった。
これは、彼女が一方的に僕の音を録るのとは違う。二人で、一つの音楽を、今この瞬間に、創り上げている。
やがて雨脚が少し弱まるのに合わせるように、ピアノのメロディも静かになり、僕がガラスを弾く音も、そっと消えていった。
部屋には心地よい静寂と、ピアノの残響だけが満ちている。
「……なんか、すごいな。俺、楽器なんて弾けないのに」
「ううん。弾けてたよ。あなたは、世界で一番繊細なパーカッション奏者」
「からかうなよ」
「本当のことだよ。……初めて、こんなに楽しいって思った。誰かと一緒に、音を創るのが」
彼女は、今まで見せたことのないような、満面の笑みを浮かべていた。
僕たちの関係が、ただの録音係と被験体から、少しだけ、違うものに変わったような気がした。
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