24.門と番犬




 遺跡の入り口にひしめく魔獣の群れは圧巻の物量だった。

 全てハウンド級の小型魔獣。山のヌシの姿はまだ見えない。

 魔獣の第一陣が俺たちに反応して飛び掛かってきた瞬間、移動中の打ち合わせ通りに真横に飛び退く。背後から迫ってきていた衛兵たちと鉢合わせになるように立ち位置を調整。衛兵の攻撃範囲に入らないように魔獣への攻撃を開始。

 立ち位置調整にはお馴染みのスキルでノックバック、減速デバフ、かばうによる移動などをフル活用し、三つ巴の戦いになりそうでならないギリギリの調整は見事に成功。誘導は上手く行った。


「魔獣だ! 応戦しろ!」


「犯罪者め! ひっ捕らえろ!」


 微妙に衛兵さんたちが混乱しているようだが、行動に迷いはない。

 群がる魔獣の攻撃をものともせず、獅子奮迅の活躍で突き進んでいく。

 魔獣との戦いは順調に進んだ。

 屈強な主力を盾にしながら掃討を開始していく。

 当初の予定とはかなり違う展開になってしまったが、鍛えに鍛えた仲間たちもしっかりと活躍してくれていた。レナとアネット以外の職業は軒並み戦士。前に出て壁になるか武器でぶん殴るか、というシンプルな近接職なので、こういう場面では勢いが肝心になる。咆哮を轟かせながら巨漢戦士ニックの筋肉が唸る。


「おらおらぁ! 衛兵様と俺たちの邪魔すんじゃねーぞ!」


 魔獣をなぎ倒す衛兵の斜め後方で打ち漏らしを斧で切り伏せるニックは『熊戦士』という構成ビルド。特に優れた相乗効果シナジーがあるわけではないが、単純にフィジカルが強くなる組み合わせなので無難に頼れる肉壁タンクキャラだ。


「我々の出番のようですね」

「特訓の成果を見せてやるぜ!」


 前世が学者のカマスが眼鏡をくいっと直しながら分厚い本で魔獣をぶん殴り、前世が狩人のムーダは片手に盾、片手に弓を構えつつアネットの護衛をしながら援護射撃を繰り返す。まあまあ無茶な戦い方だが、できているのだからしょうがない。

 前世が駿馬のハンスは機敏に動いてダメージを最小限に抑え、前世が料理人のヨハンは鍋の蓋と包丁を構えつつ『炎属性付与』による燃える斬撃で魔獣をばったばったとなぎ倒す。料理人の『獣の知識』と『解体処理』による特効が入り、炎属性弱点を突いているので凄まじいダメージを叩きだしている。


「『料理戦士』って序盤だとアネット以上にメインアタッカーやれる構成だよな」


「けっこう引きが良かったね~。重点的にレベル上げできてよかったよ」


 俺とレナには雑談をしながら戦う余裕すらあった。

 ここまでの効率的なレベリングと、ゲームの知識を元にした最適なスキルの構成。これに加えて衛兵という援軍まで加わったのだから当然と言えば当然だ。

 なにより、パワーアップしたのは仲間たちだけではない。


「よーし、必殺技いっちゃうよ~」


 頭上に掲げた剣が発光し、レナの新スキルが発動する。

 瞬く間の出来事だった。

 目が眩むような閃光が迸り、遅れて雷鳴が轟く。

 枝分かれした光条が次々と魔獣に突き刺さり、その全身を焼き焦がしていった。

 他のキャラクターとは一線を画した広範囲殲滅性能。

 司祭の『雷撃術』を習得したレナは『世界が変わる』と言われるレベルの圧倒的な雑魚処理能力を発揮する。

 単体の敵と戦う場合は他にも強力なキャラクターがいるのだが、対集団戦闘におけるレナの性能はゲーム随一とも言われている。星四の状態かつ死霊術を抜きにしても、この稲妻をひたすらばら撒いているだけで十分強い。


「いや、強すぎる。もうレナおじょうさま一人でよくない? なんか矢がもったいなくなってきた。わたし、休んでていい?」


「いいよ。もう勝てそうだし、ボス戦に備えて温存しといて」


 『ドリボ』は雷属性が光や聖属性に統合されてるタイプのゲームだ。

 天空から降り注ぐ神罰のイメージなのだろう。司祭という職業は回復や支援がメインの役割だが、攻撃寄りに育成した場合は電撃を放出する後衛アタッカーとして運用することもできる。レイの生存ルートでレナを育成する場合、この雷撃術を中心に戦うのが最も安定する選択肢だ。


「びりびり~どっかーん!」


 本人はゆるい表情でぴかぴかと光を放っているが、ただそれだけで魔獣が片っ端から倒れていく。前方では衛兵が暴れているため、もうほとんど勝ちが確定したようなものだった。それからさほど時間をかけずに魔獣は大半が沈黙。徐々に距離を詰めていったことで、奥で増援を呼び続ける個体の姿が露になった。

 遺跡を防衛するハウンド級魔獣のリーダー。赤黒い毛並みの大物だ。


「見つけた」


 ここからは俺の仕事だ。

 息を潜めて身体から脱力。

 新しく覚えたスキルを活用して、音を立てずに迂回しながらにじり寄る。

 『忍び足』によって敵に認識されないまま一定距離まで接近。

 感知圏外ぎりぎりから一気に『突進』。間を置かず『追加移動』で肉薄。

 素早く背後に回り込むや否や、インベントリからあるものを取り出す。

 実を言えば、使うオブジェクトは何でもよかった。

 戦士の強みである『積載量強化』にポイントを割り振り、盗賊の『隠しポケット』によって大幅に広がったアイテム欄いっぱいに詰め込めるギリギリの重量物。

 大きめの岩、寝台、馬車など候補は幾つかあった。

 その中で、ペナルティによるノロノロ移動にならないラインを攻めた上で最大の『デカくて重い物』を追求した結果、これになった。


「く、ら、えっ!」


 教会のでっかいパイプオルガン。レナとの路上演奏で使用したアレである。

 取り出し、持ち上げ、どっせいとばかりに背後から魔獣に振り下ろす。

 そしてこの一撃は、『背後致命バックスタブ』扱いとなる。

 『それアリなの?』と思ったが、その辺の雑魚魔獣で実験したらアリだった。

 ゲームと現実の境界がわからなくなる変な技だが、とりあえず生き物はめちゃめちゃ重いもので背後からぶん殴れば死ぬ。

 ごぉん、と鈍い音が響き、魔獣のリーダーはあまりにもあっけなく圧死した。


「油断するな! こっからだ! 全員、遺跡の奥に向かって走れ!!」


 危機は去っていない。魔獣より手強い衛兵が俺たちを追いかけてくる。

 群がる魔獣が幾度となく攻撃を仕掛けても微動だにしない屈強な肉体が、俺たちを猛然と追いかける。

 目指すはドーム状の屋根を持った遺跡。

 山の岩肌にへばりつくようにして建造された、古い建物だ。

 旧帝国風のアーチが目立つ大きな入口から侵入し、横道や階段などに分岐するエントランスから迷わずに奥へ奥へと侵入していく。まっすぐ進むと瓦礫で崩れた場所があることはわかっていたので、記憶にある正解のルートを辿って目的地へ。


「レイにい、おじょうさまがいなくなった!」


「気にするな! 宝箱回収だ! すぐ追い付いてくる!」


「やってるばあいなの?!」


 間の抜けたやりとりをしながら最深部に到達。

 遺跡の中核的な場所であり、最も広大なスペースでもある。

 部屋の中央に巨大なオブジェクト。入った瞬間にはシルエットになっていてわからない演出はゲームと同じ。

 きわめて仰々しい封印装置に向かって俺たちは突撃。


「合図と一緒に全員で左右に分かれろ。減速からの連続ノックバックであれに衛兵を突っ込ませる! さん、にい、いち!」


 多少ずれたが、力を合わせることで作戦は成功した。

 俺たちでは衛兵に対して微々たるダメージしか与えることができないが、状態異常なら話は別だ。盾で突っ込んで吹っ飛ばす。衛兵たちは封印装置に勢いよく突っ込んで、その直後に炎に包まれた。

 この封印装置に迂闊に触れればこうなる。

 ゲーム内でも事前に警告されるのだが、実際に試すと大ダメージを受けてキャラクターが戦闘不能になる仕組みだ。多くのプレイヤーがやらかすのはお約束である。なお特にメリットとかはないし、裏技で耐えられたりもしない。


「くそ、次は必ず捕まえてやる」


 無念の言葉を吐き出しながら光に包まれて消滅していく衛兵。

 彼らは倒されると更に強くなってしばらく時間を置いてから復活する。

 拠点に縛られた衛兵たちは、シャルマキヒュという守護の軍神にその魂を捧げたこの世界のルールを体現する存在だ。村がある限り死ぬことはない。

 逆に言えば、村が滅ぼされれば彼らもまた運命を共にするし、別の陣営に占拠されてしまえば彼らもまたその軍門に下るしかない。

 

「かわいそうな衛兵さん。安らかに眠ってね」


「お前が言うなよ」


 遅れてきたレナはアイテムを抱えながら黙祷を捧げた。

 結構いっぱい持ってるな。 

 もしかしてこの遺跡のアイテムを全て回収してきたのか、こいつめ。

 とりあえず危機は去った。しかし妙だ。


「山のヌシ、いなくね?」


「だねえ。衛兵が勢いでぷちっと潰しちゃった?」


 まさかそんな。

 中ボスとして立ちはだかる敵は中型魔獣だ。

 サイズ感が小型魔獣とは全く異なるので、見落とすということはありえない。

 本来なら遺跡の中にいるはずなのだが、最深部に来ても遭遇しないというのは幾らなんでも妙だった。


「展開が変わってるのかなあ?」


「襲撃を早めてきたこともあるし、独自に意思を持っているなら何らかの策があるのかもしれない。これから再封印を試みるけど、みんな、油断しないように!」


 不穏さを感じつつ、俺たちは本来の目的を急いだ。

 作業手順が記された本を参考にしつつ、主に俺とレナで封印装置に近づいて儀式を行う。一歩間違えば先ほどの衛兵のように焼け死ぬので、慎重になる必要があった。

 仰々しい封印装置の周囲には棚や長卓、様々な書物や書類、薬瓶などが散らばっており、それらはほとんどが錬金術の道具だった。

 ここは錬金術と呼ばれるこの世界の技術を探求する研究所でもあるのだ。


「わーい、『錬金鍋』を手に入れたよ~。てってれ~、錬金合成解禁~」


 棚から大きめの鍋を取り出したレナが、頭の上に持ち上げて見せびらかす。

 

「あとにしろレナ。つーかお前は本で死霊再生の方を覚えたから使えないだろ」


「じゃあレイくん持っててよ。いっぱいハウンド級の素材拾ったし、誰か混ぜ混ぜしちゃう? パワーアップすると思うよ。錬金術の本もこっちあるし、覚えちゃお」


 ぽいぽいと鍋と本を放り投げるレナ。

 無造作に渡されたので受け取らざるをえなかったが、いまはそんなことをしている余裕はなかった。というかゲームならともかく今はやめろ。

 レナが提案しているのは中々ヤバい人体実験の類だ。

 端的に言えば、魔獣と人間を混ぜる『星上げ』の方法である。


「だからお前はさ~本当にやめろって! 良識と道徳と倫理観! 同意なしの改造はアウト! アネット、レナを監視してくれ!」


「む。よくわかんないけど『まっど』な気配。わかった、おじょうさまを見張る」


 わちゃわちゃと騒ぎつつ錬金術の道具をいじったり機材を持ち出したりして、封印装置の周囲にある複雑な造りの機械を操作していく。横に広いキーボードやボタン、タッチパネル、幾つものウィンドウが空中に浮かんでよくわからない数値や表が現れては消えていく。

 このファンタジーな世界の文明水準から考えると、明らかにオーバーテクノロジーにも見える代物を手探りで動かす。

 まあゲームだとこういうの『あるある』なのだが。

 めちゃめちゃ科学技術の発達した古代文明とかお約束である。

 これに関しては創造の陣営が圧倒的な技術力を誇っているというだけだ。

 そう、死者の陣営にとって重要な『冥府の門』を封印するための施設は、創造の陣営が作り上げたものなのだ。

 レナやセンシスの先祖たちは、その場所を制圧し、魔獣たちを限界まで弱体化させることで更なる封印を施した。

 二重の封印。

 俺たちは今から、『後から人間たちが施した封印』を掛け直す。


「しっかしよお。このばかでかい石像って何なんだ? レナお嬢様のご先祖様が作ったんだよな? 触れただけで燃えるとか、どういう仕組みだ?」


 周囲を見張りつつ暇を持て余していたニックが聞いてくる。

 アネットたちも詳しいゲームの設定などは知らないため、この疑問に答えることがレイというキャラクターとしての正解かどうかは怪しい。

 迷っていると、レナがさらっと答えてしまった。


「あれは地獄の業火だよ。まだ生きているこの石像は、石化封印状態であっても自分に近づいた命に反応し、その吐息で全てを燃やす。死の世界と生の世界を繋げて強制的に破壊する、境界の炎。これはその力によって『冥府の門』を封じているの」


 説明にぴんと来なかったのか、ニックたちはぽかんとした表情だ。

 まあレナの立場から解説するなら変ではないか、と思って補足する。


「つまり、これは石像じゃないんだ。レナの先祖たちは石化封印を施しただけで、本来はこの封印装置は生きている。魂なき大型魔獣の肉体なんだよ」


 今度は全員がどよめいた。

 見上げるような大きさのシルエットに対するニックたちの目が変わる。

 ただ大きな石像に対するものではなく、動けない状態の猛獣に対するものに。


「ま、魔獣なのか? こんなでっかいのが?」


「大型魔獣なんて普通は関わらないし、見たら最後、死んでることが多いからな。でも事実だよ。しかもこれは大型魔獣の中でも最強の一角。六体いる魔獣王の一体だ。その力で大量の魔獣を冥府に押し込んで、ついでに死者の陣営の『冥府の門』も機能を停止させてるってわけだ」


 つまりこの二重封印は、二大勢力にとって最重要となる存在を纏めて封じ込めている厄ネタ中の厄ネタなのであった。

 ゲームの後半に再び訪れることになるのも無理もない設定である。


「魔獣王。じゃあこれが伝説の」


 ただの石像ならばそういうデザインで片づけることもできた。

 実際、ゲーム序盤で見たプレイヤーは何か意味ありげだと思いつつ『よくあるデザインの石像』として流すことになる。

 だが終盤、序盤に印象付けられたそれが再び動き出し、そして実際にその圧倒的な強さを体感することになるのだ。

 こういったゲームをやったことがなくとも、プラネタリウムあたりで知ることもあるであろう、非常に有名な名称。

 特徴的な外見から、一目でそれとわかるインパクト。

 それは、三つの頭を持つ獣として知られている。


「番犬の王、ケルベロス」


 アネットが、震える声でその名を呼んだ。

 『門』の封印装置とは、石化状態の魔獣王そのものである。

 ここは二大勢力が拮抗する地点。

 最初に冥府の門があり、そこを創造の陣営が攻め落として封印。

 遺跡には魔獣王の一角、眠らずの番犬ケルベロスが君臨。冥府の門を守ることで封鎖していた。

 さらに時代が下り、人間の英雄たちがケルベロスを石化させて封印。

 死霊も魔獣もまとめて冥府に押し込められ、二重の封印をレナの一族が守っているというのが現在の状況だった。

 プレイヤーの選択次第では、戦う敵が別陣営に分岐することもあり、大まかに死者ルートと創造ルートに分かれる。

 死者の王と戦うのか、それとも魔獣の王と戦うのか。

 噂だと敵同士を潰し合わせて消耗させる、なんてルートも存在するらしい。


「うーん、生存ルートだと魔獣王の扱い難しいかも。『冥府の門』と『混成の釜』って両立するんだっけ。ていうか、いっそ復活前に消費しちゃう? ゲームだと勝った後にしかできなかったけど、いまなら強引にケルベロス合成できるかも」


「封印装置が壊れるだろ。無茶なこと言うな。そんな博打できるかよ」


 レナが言っているのはここにいるケルベロスを素材にして誰かをパワーアップさせるという選択肢のことだ。

 ゲーム終盤にならないと不可能だが、確かに合成素材としては最上級で、鍋でぐつぐつ煮込まれた誰かはすさまじいパワーアップを果たすだろう。

 で、誰をぐつぐつ煮込んででっかい怪物と混ぜるんだよ。


「アネットちゃんは? 前世が番犬だしぴったりじゃん。『監視ブレス』を三連続で撃てるから相手のターンで何もさせずに全滅させられるよ」


「レナ、ステイ。人道とかそれ以前にアネットの尊厳を考えろ」


 確かに今の例は最強構成のひとつだけど。

 番犬狩人を限界まで鍛え上げて星上げして魔獣と合成させて、と強化していった最終形態がケルベロス狩人だ。範囲攻撃のブレスを相手が行動する前に叩き込むことで、単体の敵が動くたびに複数の敵が焼かれていき、それが三連続で実行される。

 魅力的ではあるが、そんなのまたアネットがジト目で突っ込むに決まっていた。

 しかし。俺の予想に反して、アネットはなぜかうっとりした表情で石化したケルベロスを見上げていた。


「ケルベロスさまとの合体。いい、かも」


「嘘だろアネット、どうしちゃったんだよ?!」


「ケルベロスさまは全ての番犬の憧れ。わんわん。番犬の王さまになりたいというのが前世での夢だったの、いま思い出した。ちょっとみりょくてき」


 まさか乗り気とは。珍しくアネットが変な感じになっていた。

 いや、やらないけど。

 

「あー、そういえば、番犬の魂ってバラバラに引き裂かれて世界中に封じられたケルベロスの魂っていう設定があったような。ご先祖さまみたいな感じなのかも」


「へー」


 レナはこの世界の設定が記された本を大量に読み込んでいるから、こういう豆知識も豊富だった。

 ゲーム本編だとケルベロスは魂を失った状態で現れ、創造の陣営に属する宿敵の錬金術師グレンと錬金合成を果たし、マッドサイエンティストに脳を制御された状態で戦うことになる。魂はどこに行ったのかという疑問の答えが世界中にたくさんいる番犬の中にあったとは知らなかった。

 いずれにせよ、こういった話は今は全く関係がない。

 本来ならもっと先に判明する事実だし、そんな強敵と戦うには力不足だ。

 序盤では軽く気に留めて置く程度で、終盤になったらまた考えればいい話である。

 気を取り直して作業を続行しようとしたその時だった。

 

「それは困りますね。魔獣の王が戦える状態になるのは困る。こちらの『六王』は覚醒前なのです。陣営間のパワーバランスが揺らいでしまいます」


 知らない声が、不意打ちのように響いた。

 俺の真横から。

 即座に飛び退き、盾とピッチフォークを構えて戦闘態勢に移行。

 仲間たちも警戒して武器を構えた。


「誰だ、お前」


 いつの間に現れた? どうやって侵入した? なぜ先制攻撃をしなかった?

 疑問以上に、その外見が異様だった。

 すらりと高い背丈、漆黒の燕尾服とシルクハットはまだいい。

 だが、その顔。のっぺりとした白い頭はマネキンさながら。

 子供の落書きかこぼしたコーヒーのしみか、はたまた蝶のような模様か心電図か。

 イメージを喚起するが、明確な答えのなさそうな図像が次々に入れ替わる、奇妙極まりない顔の何者かがそこに立っている。

 知らないキャラクター。

 だが、直観的に理解した。

 敵だ。濃密な死の気配が、その陣営を示している。

 奇怪な存在は、優美に腰を折って挨拶した。


「私は死者の陣営に属するつまらない末端のネクロマンサーでございます。名は、そうですね。ロールシャッハとでも名乗っておきましょうか。以後お見知りおきを」


 仕掛けるべきかどうかすらわからず、俺たちは固唾をのんでロールシャッハの一挙手一投足を見守った。

 警戒に満ちた視線を軽々と受け流しながら、ネクロマンサーを名乗る男は頭を巡らせた。その視線らしきものは、明らかにレナに向けられている。


「少々計画よりも早いのですが、予想外の仕上がりに興奮を抑えきれず。お迎えに上がりました。挨拶が遅れて申し訳ございません、我らが王よ」


 ネクロマンサーという相手の素性から、目的の予想はついていた。

 だが早すぎる。あちらの狙いを明かすのも、レナの正体が判明するのも、その本来の力が覚醒するのも、ずっと後半に発生するイベントのはずだ。

 それこそ、魔獣王ケルベロスとの戦いと同じ段階の終盤戦。

 実は死者の陣営側にもケルベロスと同格の存在がいる。

 それは世界各地に封じられた五つの『門』に肉体を封じられており、その魂だけが地上を彷徨い、記憶を失った状態で転生を繰り返しているという。

 死者の陣営を率いるリッチキング。通常ルートだと最後の敵となる死者の王だが、真の結末である現パロエンドを目指す場合、『門』に封じられた同格の王たちと戦って倒していくことが必須となる。倒す順番は自由なので、場合によっては本当にゲーム全体のラスボスにすらなり得る強敵。

 つまり、このロールシャッハはラスボスと同格の存在を復活させるべく現れた死者の陣営からの刺客だ。

 言うまでもないが、該当するのは一人しかいない。


「どうか真の覚醒を果たし、我らと共に世界を闇に沈めて下さい。偉大なる『太母』の代行者。死者たちを統べる六王。我らが主、レナ様」



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