第4話 アフタヌーンティー②

「うん、やっぱり佐藤さんのお野菜は美味しいですね」

「佐藤さん?」

「近所の農家の方です。採れたてのお野菜を分けてくださるんですよ」

「へえ……」


 思った以上に、人の生活に溶け込んでいるのかもしれない、この吸血鬼。


「大地の恵みをいただき、この手で料理して食べる。そうしていると、自分もこの世界の一部であると、実感できるのです」

「なるほど……」


 人外の存在に、人の営みを説かれるとは思わなかった。俺は感心したが、十六夜は決まり悪そうに眉尻を下げる。


「なんて、偉そうなことを申しましたが、実際は暇を持て余しているから、料理に凝っているだけです。毎日のことですから、好きなものを好きなように食べたいという、それだけのことですわ」


 口元を押さえて恥ずかしそうな笑みを浮かべる姿は、可憐で可愛らしかった。……いや客観的に見てそうだというだけで、俺は絆されたりしないからな。


「ところでわたし、あなたに謝らなければいけないことが……」


 サンドイッチがなくなり、二段目のスコーンに手をつけようとしたところで、十六夜が不意に眉を曇らせた。急にどうしたんだ。


「昨日のオムライスですが、わたし、大切なことを忘れていました」

「? 何です?」

「ケチャップでハートを描いて“美味しくなあれ♡”と唱えるのが、オムライスを提供する時の作法なのでしょう? わたしったら、すっかり失念していて……。申し訳ありませんでした」


 十六夜はきれいな所作で頭を下げた。艶やかな黒髪が、顔の横にはらりと落ちる。

 その様子から、冗談やからかうつもりで行っているのではないということは伝わってきたが。


「いや、オムライスにそんな作法とかないですし。気にしないでください」


 俺は手と首をぶんぶんと横に振ったが、十六夜の表情は晴れないままだ。


「いいえ、あなたの血を美味しくするため……いえ、あなたに健康を取り戻していただくために! 大切な手順を飛ばしてしまうなど、慚愧に堪えません!」


 本当に悔しそうに、十六夜は拳を握って唇を噛む。いやホント、余計なことをされそうだから、何もしなくていいんだけど。


「お詫びになるかわかりませんが、ここで、その代わりをさせてください」


 え、何をするっていうんだ。

 十六夜はたおやかな指でスコーンを手に取り、半分に割った。それから、添えてあったイチゴジャムとクリームをスプーンですくい、小さなハートマークを描く。


「はい、美味しくなあれ。あーん」


 にこにこしながら少し身を乗り出して、十六夜は俺の口にスコーンを押し付けようとする。


「いやいやいや、自分で食べますから! それに、スコーンにそんなことしなくていいですって!」


 だいたい、「美味しくなあれ」の向かう先が、俺の知るものとは絶対に違う。


「まあ、遠慮なさらないで」


 十六夜はぐいぐいと、俺の口にスコーンを押し付けてくる。ぽろぽろとこぼれた欠片が、皿の上に落ちる。このままでは、顔にジャムを擦り付けられてしまう。


「……あー」


 俺は観念して、目を瞑って口を開けた。そこに、スコーンが入ってくる。一口分だけ齧ると、外はサクサク、中はしっとりしたスコーンと、甘酸っぱいジャムとコクのあるクリームが、幸せなハーモニーを奏でた。生クリームじゃない、初めて食べたけど、クロテッドクリームってやつかな。

 もごもごと咀嚼してから、


「料理上手いんですね、十六夜さん……」


 素直に賞賛を口にすると、彼女は嬉しそうに微笑む。


「うふふ、それほどでも。けれど、褒めていただけるというのは、嬉しいものですね。こんなふうに人と過ごしたのは随分久し振りですから、何だか楽しいです」


 そう言って笑みを浮かべる十六夜は、ぱあっと薔薇の花が開いたようだった。思わず見とれてしまいそうになるが、こいつは俺の血を吸おうとしている吸血鬼だ。


「あなたの血が美味しくなるように、わたし、頑張らせていただきますね」


 彼女の笑顔は、怪しくも美しい。

 いやいやいや。美味いものが食えるのはありがたいが、騙されるな、俺。

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