溢れるチョコレート、その名は

曖間 にい

溢れるチョコレート、その名は

 時は二月。世間はとあるイベントで騒ぎ出す。

 そう、バレンタインだ。


 バレンタインといえば誰が誰を好きだの、惚れた腫れたの話で浮き足立つイベントだろう。特に学生だなんて言ったらそれはもう特大イベントだろう。そんな渦中にいる女子高生、みかもまた頭を悩ませていた。


 彼女は毎年チョコレートを作る。それは友達にもそうだし……もう一人、同居人の綴の為にも。彼女にとって彼には特段恋情がある、と言うわけでもないが、愛がないと言ったら嘘になる。ただ特別な存在であることは確かだ。その為にも、毎年彼にだけは少しだけ特別なチョコレートを作っている。


———最も彼女だけの秘密だが。


 さて本題はここからである。今年はいったい何を作ろうか。みかはそこに詰まっていた。そこでレシピ本の一つでも見てみようと思ったのだ。


 高校といえば必然的に図書室がある。もちろん家庭科科目もある為簡単な料理本も置いてある。そこで参考になりそうな本を探そう、という算段でみかは放課後の今、図書室にいる。


 図書分類コードを眺め、レシピレシピ……と彼女の口と指が本を探す。あった、と彼女の口をついて出た言葉の先には『お手軽!チョコレートレシピ集!』というポップな表紙をした本があった。


「今年は……ここから……」


 みかはごくりと唾を飲みこっそりと図書室の席につきパラパラとページを捲る。誰かに見られてはどこから綴に話が伝わるか分からない。絶対に隠さなくては。あたかも勉強をするかのようにノートを開きペンを取る。


 今年はカップケーキを作ろう、そう決めていたみかは手早く目次からページを開く。『簡単!バレンタインにぴったりカップケーキ!』そう表題に可愛らしい字で書いてある。みかは内心ドキリとしながら手元のノートにレシピを写していく。


 その後みかはあたかも自習をして帰ってきたかのようにただいま〜、と腑抜けた声を出せば夕飯を作っている綴からおお、帰ったのか、と返ってくる。


「ね、私明日のためのチョコ作るから、半分キッチン貸して」

「おお、いいぞ!今年は何を作るんだ?楽しみだなぁ」

「だ、誰が綴にあげるなんて言ったのよ!……作るけど、つ、ついでだから!みんなの!」

「ははは、ついででも貰えたら嬉しいものさ」


 愉快愉快、と綴は食材をずらし、スペースを開ける。二人でキッチンをはんぶんこし、二人違った料理を作る。ちょうどみかの生地が出来上がった頃に綴が作った夕飯が出来上がったから寝かせながら二人夕食を摂る。


「じゃあ私はチョコレートの続き作るから、綴は先に寝てて」

「そうか?みかもしっかり寝るんだぞ」


 そのあと2人とも生活を済ませ、みかだけがキッチンに残った。


 深夜のキッチン、まとまったチョコレート菓子の中、一つぽつりと、一際綺麗に包まれたカップケーキが、そこにあった。

 ちょっと不器用で頂点から溢れたチョコレートは、ありったけの愛が詰められていた。

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溢れるチョコレート、その名は 曖間 にい @Aima_nie

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