第2話 幽霊屋敷の現実
屋敷を買い取った、と言う謎の眼鏡男を追い払った後、私の背後から、声が響いてきました。
生き生きとした、男女の声でした。
「よく追っ払ってくれた。助かったよ、お嬢ちゃん」
「ほんと、しつこいったら、ありゃしないよ、あのメガネ」
慌てて振り向くと、中年の男女が並んで立っていました。
男は片手にワイン
オッサンは錐のように痩せ細り、オバサンはでっぷりと太っています。
正反対の身体つきながら、ふたりして奇妙な風体をしていました。
服に着せられている、といった感じでした。
「アナタたち、幽霊なんかじゃ、ありませんよね?」
私が杖を掲げつつ尋ねると、中年男は平然とした口調で答えました。
「もちろんだ。だから、お嬢ちゃんも杖なんか下ろして、ゆったりしなよ」
「あなたたちは? ご夫婦?」
「違う。同僚だ」
同僚?
私が首をかしげると、中年男は苛立たしげな声をあげます。
「このお屋敷で、男爵様にお仕えしていたんだ」
私は合点が入って、ポンと手を打ちました。
「男爵様って、あの、お亡くなりになった?」
「そうだよ。当然だろ。
なんだよ、そのあとに来た、子爵様や商人のお付きだと思ったのか?」
「いえ……。今まで、ずっとこの屋敷に?」
「当然だ。今は俺がこの屋敷の主人だからな。
旦那様が、『おまえにくれてやるから、誰にも渡すな!』って言ってたんだ」
「先程の眼鏡の人は、このお屋敷を買ったってーー」
「アイツだけには渡したくないってさ。因縁があるんだとよ」
「どんなーー?」
「知るかよ。そんなの。とにかく、今は俺の家なんだよ、ここは!」
次いで太った下女が、甲高い声をあげました。
「バカだねえ。旦那様は、あのメガネに、娘をやることすら許さなかったんだ。
『娘を奪っておいて、家までも、アイツにくれてやるもんか!』って言ってたよ」
彼らが言うには、奥の書斎から出てきたといいます。
男爵様の書斎は、ふたりが住むのに十分なほど広く、そのうえ執事室や勝手口に通じているのだそうです。
彼らは普段、書斎と勝手口を行き来して生活しているのだそうです。
旧主が亡くなって以降、我が物顔で暮らしてきたらしい。
「じゃあ、今まで行方不明になったお嬢さんは……?」
中年男は手にするワインの瓶を振りながら、吐き捨てました。
「あれか。
あれはさ、アイツらが、俺たちに出ていけというからさ、代わりに出て行ってもらうために手を打ったのさ。
アイツらの親に知られる前に眠らせて、やることやって、それから勝手口から運び出して娼館に売る……良い金になった。
おかげで今まで暮らせてきた」
下女は太った身体を揺すりながら、私に迫ってくる。
「アンタはヤツらみたいに、アタシたちを追い出そうなんてしないよね?
見てたわよ、ここ数日の暮らしぶり。
快適そうだったじゃないの。
知ってるよ、このお屋敷が〈幽霊屋敷〉って呼ばれてるの。
だから、アンタが住み込んできたんでしょ?
おおかた『幽霊を祓う』とかなんとか言って。
そのくせ、好き放題に暮らしてるだけで、アタシたちに気づきもしない。
アタシたちのお仲間だって思ったね、アンタは」
中年男も身を寄せ、ささやく。
「だからさ、『お化けを祓うのには手間がかかる。今しばらく住み込ませてくれ』ってアンタがお偉方に持ちかけてくれねえかな?
そうすれば時間が稼げる。
その間に、アンタも一緒に、これ以上、他人に踏み込まれない方法ってやつを考えて欲しいんだ。
アンタが表向き、このお屋敷の顔になってくれたら、面倒じゃねえんだがなぁ」
私は寒気を感じて、身を震わせました。
ところが、中年男はニコニコ笑って
「どうだい、この提案。アンタ、俺たちの仲間にならねえかい?」
「や、やめてください。ふ、不法占拠ですよ、アナタたちは!」
必死に抗弁しながら、私は彼らから身を退こうとしました。
が、気づいたら、身体が思うように動きません。
中年男はニタリと笑いました。
「このお屋敷の貯水蔵に、ちょっとだけ毒を仕込んだんでさぁ。
男爵様のときは量が多過ぎて、お亡くなりになっちまったけどーー」
中年男は空になったワイン瓶を叩き割って、振りかざす。
「アンタ、おとなしく俺たちの仲間になりなよ。
もう、コッチは手の内をバラしてんだ。他に道はねえんだよ。
断ったら、コイツで殴り殺すしかねえ。
それとも、娼館行きが望みなのかぁ?」
私は腕を掴まれ、彼の許へ引きずり込まれそうになりました。
そのときーー。
いきなり、例の、眼鏡男が姿を現わしました。
「生前の男爵様から、この屋敷を買った」と言った、眼鏡をかけた男です。
彼がいきなり、玄関ドアを叩き破って入ってきたのです。
手には斧が握られていました。
そのまま、ズンズンと土足で部屋に上がり込んできます。
そして斧が振り下ろされ、まず中年男の頭がたたき割られました。
ついで、悲鳴をあげた中年女に飛びかかって斧を振り廻します。
悲鳴があがり、
凄惨な地獄絵図が展開しました。
ものの数分で、下男下女は二人とも血溜まりに沈んでいました。
その後、眼鏡男は、
「ふう、これでサッパリした」
と一言もらし、私の方を
眼鏡男の両眼は青白く、
「ああ、僕のことは気にしないで。
そう、かつて僕には一生を誓い合った女性がいたんだ。
でも、その父親ってのがろくでもなくてね。
彼女が僕と結婚するのを許さないっていうんだ。
おかげで彼女はーー。
いや、いい。
僕は、彼女がいつまでも下衆な連中の噂になるのが耐えられなかっただけなんだ」
彼が話している間中、私は腰を抜かして、何もできませんでした。
◇◇◇
やがて、眼鏡男が立ち去っていきました。
それからしばらくして、私もお屋敷から飛び出しました。
真夜中に、痺れる身体に鞭打って、冒険者組合へ向かいました。
街に辿り着くと、夜中だというのに、冒険者組合の館は
「あの……すいません、あと数時間で
支離滅裂ながらも、私はなんとか起こった事件を伝えようとしました。
すると、組合長のおじさんは、すんなりうなずいてくれました。
「ご苦労様でした。
想定外の形になりましたが、依頼主が報酬を支払うとおっしゃっておられますから、受け取ってください。
あとは
ああ、それから、今回のこと、黙っててくださいよ。お願いしますね」
ドサっと袋を手渡してくれました。
中を見ると、金貨が何十枚も入っていました。
本来の成功報酬の四、五倍はありそうでした。
それから数週間後ーー。
私が泊まったあの旧男爵邸、通称〈幽霊屋敷〉は取り壊され、新たな邸宅が建造されました。
最近、新たに男爵になった元平民が屋敷を建て直したといいます。
その人物に私は会ったことはありませんが、噂によれば、極度の近眼で、銀縁眼鏡をかけているといいます。
組合長のおじさんとは、あれ以来、懇意にさせてもらい、私はどうにかソロの呪術師として依頼をこなせるまでに成長しました。
ですが、私の方からあの事件のその後を問うこともありませんでしたし、向こうが話そうとする素振りもありませんでした。
(了)
私、呪術師。貴族の豪邸での除霊を頼まれたんだけど、じつは豪遊してたんだよね。ダリィし。でも、実際に出たんだよね、怖いのが…… 大濠泉 @hasu777
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