第16話 『鍋蓋道場と王都のざわめき
あの日以来――俺が鍋蓋で影の剣聖をボコった日以来――学院も王都も妙に騒がしい。
「勇者ユウト、鍋蓋二刀流の使い手!」
「伝説の庶民武術、ここに復活!」
そんな見出しが王都の新聞にまで踊り出した。いや俺はただ必死に防いでただけなんだが……。
「ユウト様、本日も弟子入り希望者が三十人です」
リリアが書類を抱えて報告してくる。
「ちょ、三十人!? 俺、道場なんて開いてないからな!」
「ですが皆さん、"鍋蓋道場"が開設されたと噂を聞きつけて……」
「勝手に流行らせんなぁ!」
実際、学院の中庭には臨時の鍋蓋稽古場ができていた。
学生たちが鍋蓋をカンカンぶつけ合い、「ガードだ!」「回せ!」と叫んでいる。
中には鉄鍋を持ち込んでぶっ倒れてるやつもいて、保健室が大忙しだ。
「ユウト殿!」
影の剣聖(今はすっかり弟子気分)が駆け寄ってくる。
「今日もご指南を! 鍋蓋の極意をさらに学ばせてください!」
「いやだから俺、指南した覚えないんだけど!? 防いでただけだって!」
「その無意識の動きこそ神技……!」
「勝手に深読みするな!」
だが、そんな浮かれた空気の中に、妙な違和感も混ざっていた。
弟子入り希望者の中に、一人やけに視線の鋭い青年がいる。
リリアが小声で囁いた。
「……ユウト様。あの人、普通の学生じゃありません。妙な魔力を感じます」
「は? え、つまり……?」
「恐らく、魔王軍の刺客です」
俺は慌てて鍋蓋を握り直す。
「おいおいおい! なんで道場ブームから刺客イベントに直結するんだよ!」
怪しい青年が一歩前に出る。
「……勇者ユウト。貴様を討つために我らは潜り込んだ」
次の瞬間、変装が剥がれ、角と牙が生えた魔族の姿が露わになる。
「うわああああ!? やっぱり魔族だったぁ!」
「静まれ!」リリアが即座に剣を抜く。
剣聖も前へ出て構えを取った。
鍋蓋道場の生徒たちは半泣きで鍋蓋を構えるが、完全に足が震えている。
魔族が叫ぶ。
「勇者をここで仕留め――」
「や、やめろぉ!」
反射的に俺は鍋蓋を前に突き出した。
――ガァン!
魔族の火球が鍋蓋に当たり、見事に弾かれて逆方向へ跳ね返る。
爆発した火球は魔族自身を直撃。
「ぎゃあああ!」
自爆した魔族が黒煙を上げてのたうち回る。
「え? 今の……俺のせい?」
「さすがユウト様! 鍋蓋二刀流、ついに魔族をも退けるとは!」
「英雄だぁぁぁぁ!」
生徒たちが歓声を上げる。
剣聖も目を潤ませて頭を下げた。
「……この命、完全にあなたに預けます」
「いやいやいや! 俺、今ただビビって蓋を突き出しただけだから!」
だが、その声はもう群衆には届かない。
「勇者ユウト、魔族すら恐れぬ鍋蓋の達人!」
「救世主だ!」
こうして俺は、さらに望まぬ称号を得てしまったのだった……。
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