第14話 東京に戻って奈々と再会 ― 情熱的な夜と葛藤
成田空港に降り立つと、冬の東京の空気はサンフランシスコよりも乾いていて、金属的な冷たさが頬に刺さった。ターミナルの出口から見える夕空は濃い群青色で、その下に並ぶ車のテールランプが赤い帯を描いている。
荷物を受け取り、空港リムジンに乗り込むと、頭の片隅で奈々の顔が浮かんだ。パリで別れたときの微笑みと、あの夜のワインの香り。あれ以来、連絡は数回の短いやり取りだけだった。
翌晩、銀座の小さなバーの前で僕は立ち止まった。事前に奈々から「今夜、会える?」とメッセージをもらっていた場所だ。階段を下り、重い扉を開けると、薄暗い店内にはジャズの低音とグラスの触れ合う音が満ちていた。
カウンターの奥、赤ワインのグラスを片手に奈々がいた。黒いドレスに身を包み、肩には淡いストール。照明の柔らかい光が、彼女の頬に陰影を与えている。
「久しぶりね」
「そうだな」
僕は隣の席に腰を下ろし、バーテンダーに同じ銘柄を注文した。
ワインが注がれる音を聞きながら、奈々が口を開く。
「サンフランシスコはどうだった?」
「刺激的だった。玲奈の研究所も見てきた」
その名を出すと、奈々は視線をグラスに落とし、静かに回した。
「……そう」
沈黙を埋めるように、僕はワインを一口飲む。重めのボディが舌に広がり、ややスパイシーな後味が残る。
「変わった?」奈々が聞く。
「何が?」
「あなた。前より少し、遠くを見てる気がする」
僕は答えに迷った。サンフランシスコで過ごした時間、玲奈との会話、研究の計画。それらが確かに僕の中の何かを変えた。でも、その変化を奈々にどう伝えるべきか分からない。
「そうかもしれない」
奈々は笑みを浮かべたが、その奥にわずかな寂しさが滲んでいた。
「今夜は、難しい話はやめましょう」
そう言って、彼女は僕の腕に触れた。温かく、それでいてどこか確かめるような圧。
その後の時間は、会話よりも沈黙が多かった。タクシーで彼女の部屋に向かう途中、窓の外の街は光の粒になって流れていった。部屋に入ると、彼女はワインのコルクを抜き、二つのグラスに注いだ。
「飲みすぎないでね。明日、フライトだから」
「分かってる」
グラスを合わせる音が小さく響き、部屋の静けさに溶けた。ワインの香りと、彼女の肌の温度が混ざり合い、時間の感覚が曖昧になっていく。
夜が更け、僕はベッドの中で天井を見つめていた。奈々は眠っている。彼女の呼吸は規則正しく、そのリズムが心地よいはずなのに、僕の胸の奥では別の波が揺れていた。
パリでの奈々、サンフランシスコでの玲奈。どちらの記憶も鮮明で、どちらも違う意味で僕を惹きつけている。
翌朝、奈々は早くに起き、制服に着替えていた。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ドアが閉まる音がして、部屋には僕一人が残った。ワイングラスの底に残った赤い滴を見つめながら、僕は自分が選ぶべき速度について考えていた。
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