第21話 飲み会撤廃?

次の日の昼休み。

俺は瑞穂と、社食ではなくカフェチェーン店にいる。

よし、会社の人、誰もいないな……

「やっぱり小町さんと佐倉さんの間に流れる空気が恐くてさぁ。

 どっちかが配置換えにでもならない限り、ずっとこうかもと思うと気が滅入りそうだよ。

 どうにかならないもんかねぇ」

「うーん、どうにかしてあげたいけど、私ほんとその手の人間関係の調節には疎くて……」

「うん、わかってる。

 嫌な顔せず聞いてくれて、どうにかしたいと思ってくれてるだけで感謝してる」

「えっ、それだけでいいの?」

「言いふらさないって安心できる、しかも好きな相手に、嫌な気持ちを吐き出せるだけで嬉しいしスッキリするもんだよ」

瑞穂にはわからない感覚だろうけど……


「あっ」

会社の人が入ってきた!

「ちょっと早いけど、戻りましょうか」

「そうだね、残りの時間はデスクで話しながら潰そう」

瑞穂となら、そんな時間も楽しい。



瑞穂はいつも、管理下の仕事として、昼休みが終わる直前に目安箱のチェックをしている。

いつも空っぽか、あっても一枚とかだが

「……あれっ?

 重い」

「うわー、ほんとだ!

 めっちゃズッシリしてる!」

「なに、千両箱がズッシリ重いみたいにワクワクしてんの……」

「だって、こんなにいっぱいどんな文句が書いてあるのか、気にならない?」

「文句なんてない方がいいでしょ……

 マイナスな言葉なんて、読むだけで嫌な気持ちになるわ……」

「まあ、対処するのは瑞穂たちだもんね。

 無責任なこと言ってごめん……」


それでも好奇心に逆らえず、瑞穂が目安箱の中身をデスクに開けるのを凝視してしまう。

「す、すげえーーー!

 50枚ぐらいあるでしょ、これ!

 ちょっと中身見ていい?」

「えっ、管理課しか見ないことになってるんだけど」

「こんなにあって全部の内容確認が大変だから、旦那に手伝ってもらいました! って言えばいいよ!」

「あ〜、なるほど」


「ぶふっ!

 ぜ〜んぶ『飲み会を廃止しろ』って書いてあるぞ!」

「こっちも……」

ま、まあ、あんなことあったらねえ……

「50枚というと、飲み会参加者の過半数

 ……これは、たしかにワクワクしてきた

 ……飲み会という悪習が廃止される、会社の歴史が大きく変わる一瞬に立ち会えるのかもしれない……」

瑞穂は本当に瞳を大きく輝かせていた。

まあ、たしかに、俺達世代にとっては『会社の飲み会』の思い出は昨日のやつ一択だから、悪習としか思いようがない。

もちろん世の中にはいい飲み会もあるだろうけど、うちの会社に限って言えば、これだけの投書が集まるところを見ると、これまでにも嫌なことがあったんだろう。


昼休みが終わる直前、管理課長が帰ってきた。

瑞穂から目安箱の中身を見せられると、驚愕の表情になり、更に支店長に見せていた。

そして、午後の仕事が始まる直前、いつもは接客にあたっている管理課の人たちもこちらのオフィスに集められ、


「今から全員目をつぶってください。

 目安箱に飲み会廃止案を投稿人は手を挙げて」

なるほど……

筆跡がバラバラだから多重投稿はないと思ったが、まあ念のためか……

「わかりました。

 課長以上で出られる人は、至急会議室にい

らしてください。

 緊急会議をいたします」


ザワザワ。

オフィスに残った下っ端たちは、異常事態に浮き足立って、仕事が手につかない様子だった。

瑞穂ですら、高速でブラインドタッチをしながらも、いつも斜めの席から見ている姿勢が、いつもよりウズウズしていた

……瑞穂の改善意識の高さを評価すべきところを、お堅いオフィスファッションに包まれた立派な巨峰と桃尻が、落ち着きをなくしてモゾモゾ揺れ動く様子に興奮してしまう俺は、筋金入りの不謹慎野郎だ。


ものの10分ほどで上役の方々は帰ってきた。

「やったぞおおお」

児玉課長は、『勝訴』という紙でも持たせた方がいいんじゃないかって勢いで走ってきた。


「飲み会、撤廃だあああ!」


「やったああああ!」

明らかにオフィスの過半数から大歓声が上がった。

那須野係長は胸を撫で下ろし、小町さんと佐倉さんも気まずそうだが安心が勝った表情をしていた。

瑞穂ががっつりガッツポーズをしていたので、勢いでハイタッチをしてから抱きしめた。

ふふふ。

職場で男女で堂々とこんなことできるなんて、夫婦で尚且つ、こんなでかい祝い事がある時ぐらいだもんなあ。

お堅いYシャツからでかくて柔らかい高揚が伝わってきて、特殊性と禁断性でゾクゾクするぜ

……おっと。

もう少ししたら営業行くし、このまま抱き合ってたら不自然な上に、もっと瑞穂がほしくなっちゃうからこれぐらいにして、トイレ行っとこ。


児玉課長と那須野係長も同じタイミングだった。

「よっ、谷川。

 飲み会なくなってホッとしたろ?」

「はっ、はい。

 課長、いつになく上機嫌ですね。

 そんなに今まで嫌なことばかりあったんですか?」


「それはそれは、もう!

 こんなこと言うべきじゃないが、谷川は一回で済んでラッキーだったなと言いたいぐらい、今回のなんて目じゃないのがいっぱいあったぞ!

 裸踊り、男同士で手が出る喧嘩、令和からはさすがにないけどイッキの強要……

 こちとら毎年飲み会が終わる度に目安箱に投書してるのに、他の連中は大して問題視してこなかったんだ。

 なのに、人気の女子社員同士が罵り合ったら一発でどん引いて、女性がああなるような飲み会はやめろ! なんて書きまくるとは、ほんっと馬鹿な連中だよ!

 うちは男女で仕事は同じなんだから、そりゃ女性だって同じようにストレスが溜まるし、酒を飲めば荒れることもあるに決まってるだろうが!

 佐倉さんと小町さんには感謝したいぐらいだよ!」

「ほんとですよね。

 裸踊りなんて去年でしたしね。

 むしろ僕なんかは、佐倉さんの飲み過ぎとだらしなさを一喝した小町さんには、更に惚れ直しましたよ」

うーん……

さすがに昨日の小町さんの言い方は、正論だとしてもキツいし煽ってるしで、惚れるようなものではなくないか?!

那須野係長ってドMなのか?!


しっかし……

そりゃ随分とひどいな、課長の鬱憤も溜まるよな

……あっ、そうだ。

「でも、おかげで彼女らの仲が嫌悪になって、僕は気が気じゃないですよ!

 感謝してるって言うなら、課長の鶴の一声で、一芝居打ってくれませんか?」

「ん、なんだ?」

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