第9話 リベンジはチャーハンで

土曜日。

月曜日は浅間さんに土下座されたことで動揺して、今思えば最後までできなかったことそのもの以外にも、至らぬ点が多かった。

しかし、あんなことがあったからこそ次は絶対に失敗できないと、5日間で色々と真剣に考えぬいた。

今日はなんとしても浅間さんに『俺を奥まで受け入れてもらう』のだ。

というわけで、今日はじっくり時間をかけて挑もうよと、ランチタイムから浅間さんを自宅に招いた。

合理主義で実家暮らしの浅間さんだから夜のムードには拘らないだろう、という読みの他に、もう一つ狙いがあった。


うちの最寄駅に浅間さんを迎えに行く。

休日の私服姿……のはずなんだけど。

上、会社のと同じYシャツじゃん!

まあ、お出かけ着とか持ってなさそうなタイプだから、やる気がないわけじゃないんだろうし

……浅間さんにYシャツは、真面目さと上半身のボリュームという、彼女の魅力を引き立てるからいいけどな!

それに、下は赤と黒のチェックのロングスカート

……これは少なくとも、会社の人間では俺しか見たことのない姿だぞ!

俺の発言によって、少しでも女性らしさを意識したのなら嬉しいんだけど。


「お昼ご飯は俺お手製チャーハンでーす」

「えっ、いいんですか」

「子作りできるか確認ついでに、俺の家事能力見られてお得でしょ?」

「いいですね、チャーハンはカロリーは高いけれど、いろいろな栄養素を手軽に美味しく摂れて、冷蔵庫の中身一掃処分にたまにやるぶんには最高ですよね」

「さすが浅間さん」


さてと……

卵、キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、豚コマの汎用性ある食材の数々にカツオ節をひとつまみ……


ジャッジャッ

「わあ、すごい。

 パラパラチャーハンになる、ご飯を宙に飛ばすあの技ができるんですね!

 初めて生で見ました」

「えっ、そうなの? えへへ」

浅間さんにすごいなんて言われると、アドレナリンが漲ってくる。

この調子でもっと俺にときめいて、俺に身も心も開放的になってくれたら。

「はい、うちの女家族は軒並み腕力不足ですし、父は腕力は足りていますが不器用で、中身を全て撒き散らしてしまうので」

あのお父様にそんな一面があるのか!

「あれだけ力強くボウリングを転がす浅間さんが、筋力足りないとは思えないけどなあ」

「そうですかねえ

 ……あっ、そういえばうちのフライパンの方が、本格中華風でいかにも重そうです」

「完っ全にそれが理由だね。

 まあ、3人とかそれ以上で暮らしてたらそういう一気にたくさん作れる調理器具が合理的だけど、一人暮らしはこんな小型軽量がいいよね」 

「私にも……

 そのフライパンでならできるでしょうか……」

浅間さんが眼を輝かせて……!

メジャーなライフハックだから習得したいという、浅間さんらしい理由なのか。

それとも、ヨガをやる人だし、案外かっこいいとか綺麗な仕草への憧れが強いのか?

「きっとできるよ!

 俺がフォーム教えるからやってみよっ?」


なんて言いつつ……

聡明な読者の皆様ならおわかりだろうが、俺の真の狙いは浅間さんの腕を自分のそれで包み込むことである!

ムフフ……

引き締まってはいるのに、男の筋肉質とは違って血管や筋ばった感じはなく、柔らかさとスベスベ感が……

会社ではあんなに知的なバリキャリ風なのに、こんな柔肌の持ち主で、料理は俺に教わって修行風だなんて、堪らないぜ

……浅間さんの方は、全く俺に腕を支えられてるのを意識してない風なのが、逆に気になるけど。

それだけ俺に心を許してくれているならいいが、男として意識されてないんじゃないか? とも思ってしまう。


「わあ、うまくできました!」

「浅間さんはやっぱり筋がいいから、すぐに一人でできるようになるよ」

「たしかに、ここで暮らすなら、このフライパンを使うんですものね」

彼女が一人でここに立って、このフライパンを振るう姿を想像すると

……全身が熱くなってきた。


「いただきます。

 ……カツオ節が隠し味として効いてて美味しいですね」

「チャーハンには色々なものを包み込む包容力があるもんね」

「たしかに、若干クセの強い高菜めんたいを入れた時も美味しかったし

 ……谷川さんみたいですよね」

「ばっきゃろ〜い!

 俺は営業だし、会社で出世もしたいから人当たりがいいだけで、ここまでするのは相手が浅間さんだから、だかんね?」

「そ、そんなあ……」

おっ?

お腹も心も満たして、非常にいい雰囲気だぞ?

この調子で色々と軟化してくださいな。


さて、更に雰囲気作ってくぞ。

テレビをAmazon primeの動画選択画面にした。

「なんか観たいのある?」

できればロマンチックな映画で雰囲気を良くしたいところだが、浅間さんにそれを期待するのは無理だろうなあ


……とは思っていたが。

浅間さんはどんどん画面を移動しながら、終始困った顔をしていた。

「え、えっと……

 普段全く観ないので、自分でも何が観たいのかわからないです……」

「ま、まあそうだよね!

 勉強と身体作り頑張ってたら、そんな時間ないよね!」


「なるほど、谷川さんてAmazonの会員さんになるほどのヘビーユーザーなんですね。

 私はどうしても極力実物を見て買いたいので、滅多にネット通販を使わないので未加入ですが、時間短縮できるのはいいですよね」

「い、いやまあ、実物見た方がいいのはいいだろうし、足を運ぶのは運動と刺激になるから、バランスだろうけどさ!

 きっと子供できたら重宝するぜ?」

「あー! 出歩くの大変ですもんね!」

「そう、僕を選べばAmazon送料無料、音楽サービスもついてくるので子守唄聞かせ放題でお得!」

「谷川さん……!」

ロマンチックな動画より、送料無料と子守唄聞かせ放題で目を輝かせて、いいムードになるとは……

まあ、結果オーライか……

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