右朝と喜多八

@yamaguchinousei

第1話

古今亭志ん朝と柳家小三治。ともに昭和から平成にかけて「名人」と称された落語界の重鎮である。

落語界が衰退する中で(今では信じられないが、かつて寄席ですら正月等の特別興行を除けば常に空いている時代があった)昭和から平成にかけて江戸落語を支え、名人と言われた両人である。

この人には将来を嘱望されながら師匠である自分より先立ってしまった弟子がいた。

古今亭右朝。柳家喜多八。

偉大な師の芸を継承しつつもこれからの発展を期待されていた時にいなくなってしまった。

個人的な事をいえば、右朝に関しては直接聴いた事はない。

没後10年以上を経てリリースされたキントトレコードのCDで知った。

元々落語に興味があり、ある人の紹介でまずは志ん朝のCDを聴いた。

「平成狸合戦ぽんぽこ」や「錦松梅」のCMで知ってはいたが、噺に引き込まれた。音声だけなのにジャズの様なグルーヴとラジオドラマの如き展開の見事さ(特に「文七元結」「三軒長屋」の長講の聴かせっぷり!)にハマった。

それから志ん生圓生馬生金馬小さん…と昭和の名人達のCDをディグる内に右朝の存在を知った。

高田文夫と日大の同級生であり寄席文字の橘右近に師事した後志ん朝に弟子入り。

落語家としては遅いスタートながら忽ち頭角を表し真打昇進披露興行では志ん朝が40日全て付添った(寄席のギャラは安いので志ん朝クラスの大物は中々毎日出ない)。

しかし2001年逝去。半年後には志ん朝も後を追うように世を去る。

高田氏を始め落語通の間では未だに「右朝がいれば」と惜しまれるそんな人の音源を没後15年以上後に聴いた。

志ん朝よりも速いペースの語り口に心地良いテンポと的確な人物描写。

「これは凄い」と思って書誌を見たら二ツ目時代の音源。プロ入り前の大谷翔平のホームランを見たような驚きと興奮に包まれた。

以来一度も見た事は無いのにCDを買い集め、定期的に聴いている。

一方、柳家喜多八に関しては「間に合った」。

CDだけに飽き足らず徐々に寄席や落語会に行き始めた頃、サンキュータツオ氏がキュレーターを務める落語会「渋谷らくご」で出会った。

映画館(ユーロスペース)内の黒を基調としたモダンな会場で、春風亭一之輔や神田松之丞(現・伯山)と言った若手のホープ達と相対しながら独自の芸域をいかんなく発揮していた。

まず出てきた時は苦みばしった二枚目(この人は着物だけでなく洋装も似合った。ワザオギのCD「柳家喜多八1」のジャケットは必見。ちなみに身につけているのは右朝の遺品)が、聞き取りにくい声でボソボソ嫌味なマクラを振る。

何を言ってるのかわからないので知らず知らずの内に耳を傾ける内に聴きいってしまう。

「たけのこ」「千両みかん」の様な不可思議な噺から「二番煎じ」「子別れ」と言った情感溢れるネタまで堪能した。

気付いたら喜多八中心に落語会に行くようにしていたが、2016年、出会ってから一年足らずで亡くなってしまった。

きちんと数えた事は無いが、恐らく直接聴けたのは10回程度だろうか。

学習院大卒なので「殿下」という渾名があり、大の宝塚好きで「キタナヅカ」と称した仮装もよくしていたという。一度観てみたかった。

喜多八も没後のCDを集め始めた。右朝と異なるのは「時代」なのか映像や遺族による公式YouTubeもある。

もちろん二人ともまだ生きていておかしくない年齢だし、これからの活躍も観てみたかった。

でも嘆き言ばかりでも仕方ないので残された音源を聴いて楽しんでいる。

「推し活」というとどうしても「『推し』のリアルタイムの活動を応援する」というニュアンスが強いと思われるが、私は必ずしもそれだけでは無いと思う。

我々は紫式部を見た事は無くとも『源氏物語』を楽しめるし、ロンドンではコナン・ドイル亡き後も世界中の「シャーロキアン」からベイカーストリート宛の手紙が届くという。

とあるラジオ局のアナウンサーは子供の頃から「三国志」にハマり、卒論や初めての自著を「三国志」で書いてしまった。まさかこの人は劉備や孔明に会った事は無いだろう。

「推し」自体がこの世からいなくなったとしても、音源や映像や記録さえあればいつまでも「推し活」を始める事は出来るし、そうした人もこれから生まれ続けるだろう。

そんな事に、オタクの一人として微かな希望を持った。

ちなみに、志ん朝を教えてくれた「ある人」とは「十三代目冷奴」というアマチュア落語家である。

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