羅睺鉄

不死身バンシィ

第1話 妖刀

 肉と鉄。

 数刻前までは兵であり武具だったものが辺りに散らばり、地に染み込んだ血の跡で結ばれている。

 戦場いくさば、ではない。それが終わった後の、即ち合戦跡。

 地獄というには静か過ぎ、煉獄というにもぬる過ぎる。残骸と腐敗が転がるだけの塵芥ごみ捨て場で、鉄を選り分け拾い生計を立てる者たちがいる。

 物拾い、骸漁むくろあさり、刀掘り――地方によって呼び名は様々だが、ここでは鉄食いと呼ばれていた。農作よりこちらの方が食い扶持として割良く稼げてしまったが故である。それ程までにこの辺りの土は貧しく、戦が尽きることが無かった。生業なりわいというには余りに惨めな行いだったが、食っていくには日々こなさねばならぬ。こなしていれば積み重なり、積み重ねれば山となる。

 折れた腰に曲がった膝。老齢故に衰えた体を小器用に活かし、地に伏す骸の下から槍の穂先を引き摺り出す、この呉兵という男もそんな熟練の鉄食いであった。


 「与作、さっきから言うとるじゃろが。頭が高えんじゃおめえは」


 穂先を背負篭しょいかごに放り込みながら、少し離れた所で手持ち無沙汰にうろうろしていた若造を呉平は叱り飛ばす。未熟者を教えるのも先達の役目である。


 「頭が高えってなんだよう、ここには呉平どんと俺しかおらんではないか。なんで骸に平伏なぞせにゃならん」


  与作と呼ばれた若造は生意気に言い返すがその顔色は既に青白く、今にも吐き戻しそうである。骸に触れることもままならず、少しでも小綺麗な武器を手に取り帰ろうと首だけで辺りを見回していた。


 「そうでねえ。ええか、獲物は皆骸が握って地に落ちとるんじゃ。分かり易い所に落ちとるえ獲物は戦が終わってすぐに取られとる。おめえみたいな臆病者とわしみたいな老いぼれは、骸の下に隠れとるのを掘るしかねえのよ。案外そっちの方が質が良い時もあるしな」


 ケッケッケ、と笑う妖怪染みた爺――なんなら率直に妖怪と呼んでも差し支えない老人の言い草に、与作は承服できなかった。何故かと言うと。


 「呉平どんにはあの太刀が見えんのか。あんなぴかぴかの刀があんなとこに突き立っとるのはおかしいではねえか」


 まさしく、名高き侍大将が持つに相応しい荘厳な大太刀が、曇りも刃毀はこぼれも無く血生臭い合戦跡の中央に鎮座ましていたからである。その威風堂々の雄々しさたるや、我を見よそして手に取れと言わんばかりに。

 

 「馬鹿野郎が!」


 与作からすれば当然の訴えを、呉平は合戦跡に響き渡るような声で一喝した。


 「ええか与作、何を忘れてもこれだけは覚えとけ。あの太刀だけじゃねえ、合戦跡でああいう物を見つけたら絶対に手を付けちゃならねえ。慣れた鉄食いは皆それを知っとる。だからあれは誰からも手を付けられずあんな風に突っ立っとるんじゃ。もし血迷うてあれを持ち帰ろうもんなら村八分でも済まん。山に追い払われて獣になると思え」


 胸ぐらを掴まれながら、これまで見たこともない呉平の凶相に与作は震え上がった。それ故になおさら納得できなかった。一体あの太刀がなんだと――


 「へえ、そりゃあどうしてだ爺さん。あの太刀に何か曰くでもあるのかな」


 呉平の後ろにいつの間にか誰かが立っている。

 不覚。合戦跡で後ろを取られるなど、熟練の鉄食いとしてあってはならぬことである。冷や汗が頬を伝い、地に落ちるのを見てようやく自分達が影に覆われている事に気付く。振り向けぬまま、絞り出すように呉平は声に答える。


 「……鉄食いの間で言い伝えられる習わしでさ。合戦跡で妖しく美しい鉄を見たら、決して触れてはならんと。もし触れれば」


 「鉄に魅入られ人でなしに。そして二度とは戻れない」


 答えを引き継ぐ影に、呉平はゆっくりと振り返る。

 人。

 呉平は声の出所の高さと影の大きさから騎馬武者かと当たりをつけていたが、それはただ一人の人であった。

 深い藍染めの着流しに髷も結わぬざんばらの髪。浪人そのものの身なりだが、それ以外の全てが不似合いに大きい。身の丈も、肩幅も、足腰と腕も、纏う威圧すらも並外れて大きく、何より不似合いなのが。


 「良くご存じで。鉄食いに知り合いでもおられましたか」


 「仕事柄あちこちを渡り歩く旅の身でな。他所でも似たような話を聞いただけよ」


 大きさ故に腰にはけず、肩越しに背負われたその大太刀。

 鞘拵えも、鍔も、柄糸すらもが生まれて此の方穢れを知らぬと言わんばかりに美しく、地を這い生きる呉平と与作には星を背負っているようにすら見えた。


 「怪物けもの斬りの長村高次郎ながむらこうじろうと申す。三綴みつづり村の名主から頼まれて参った。この辺りだと思うのだが案内を頼めるかな、爺さん」

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