君の大好きなシュークリーム

Wildvogel

君の大好きなシュークリーム

 僕はスイーツが好きだ。


 男がスイーツが好きだっていいじゃないか。


 別に変なことではない。


 スイーツが好きな男の子など、世の中にたくさんいるのだから。



 僕はとある休日、行きつけのスイーツショップに立ち寄った。


 顔馴染みである三十代の女性従業員の「いらっしゃいませ」という言葉にこたえるように小さく首を縦に振り、ガラス越しに並ぶスイーツを左から右に眺める。


 やがて僕の瞳は、とある商品で動きを止める。


 それは、この店で久しぶりに見かけたシュークリームだった。


 女性従業員は僕が視線を集中させていた対象に気付くと、やさしい声で「復刻したんです」とこたえる。


 僕は彼女の言葉に頷くと、躊躇いもなく、視線の先にうつるシュークリームを二つ購入した。



「ありがとうございました」


 女性従業員の言葉を背に受けながら、僕はシュークリームが詰められた白色の箱を左手に提げ、自動ドアをくぐり、自宅に続く道を歩む。


 冷蔵庫代わりはならないが、秋の涼しい風が白色の箱を包む。


 僕は冷たさが頬を撫でると、上空を眺める。


 すると、過去の記憶が脳裏に浮かぶ。



 僕には、四年間交際していた女性がいた。その彼女は、あのお店のシュークリームが大好きだった。


 二人であのお店に足を運んでは、シュークリームを購入し、幸せを分かち合った。


 喧嘩しても、シュークリームが僕と彼女の仲を修復してくれた。


 僕にとって、魔法のようなスイーツだ。


 楽しい時を共に過ごした彼女はこの時、僕の隣にいない。


「今、どうしてるんだろ……」


 僕の口から寂しげな声が漏れると、日差しが弱まる。


 しばらく歩みを進め、十字路の手前に達する。


 僕は左右を確認し、十字路を直進する。


 やがて、公園が左手方向に見える。僕は休憩しようと公園に右足から踏み入れ、ベンチにゆっくりと腰を下ろす。


 秋の風が木々の葉を撫で、やさしいメロディを奏でる。


 涼しさが全身を覆うと、僕はゆっくりと目を閉じる。瞼の裏には自然と、あの女性の姿が浮かび上がる。


 僕たちは好き同士で関係に終止符を打った。


 別れは彼女から告げた。


 彼女には、ある事情があったからだ。


 その事情を口にした彼女の声が脳裏に流れた瞬間、僕の瞳の奥が微かに潤む。


 潤んだ正体を表に出すものかと、僕は顔を俯け、瞼を強く閉じる。


 秋風はそんな僕にお構いなしと言わんばかりに、木々の葉を揺らす。


 葉が合わさる音が止むと、僕はゆっくりと目を開ける。


 次の瞬間、僕の瞳の奥がさらに潤む。


大輔だいすけー!」


 聞き覚えのある声に、僕は箱を左手に提げながら思わず立ち上がる。


 視線の先には、見覚えのある一人の女性が僕に右手を振る姿があった。


 女性は僕に右手を振ったまま、ゆっくりとした足取りで、距離を詰めていく。


 彼女の顔がはっきりうつると、僕の足が自然を歩みを進めだす。


 やがて僕は、彼女の目の前で足を止める。


「大輔!」


 女性は笑顔で僕の名を声にする。


 目の前に立っていたのは、僕が四年間交際していた女性だった。


 彼女の姿は交際していたころよりも顔色が悪く、やせ細っていた。


 彼女から別れを告げた理由はこれだった。



 僕は彼女がこの先、長くないことを知っている。


 

「どうしたの?」


 彼女が笑顔で尋ねると、僕は右袖で目元を拭い、彼女と同じような表情を作る。


「なんでもないよ」


 彼女はやさしい眼差しで小さく頷くと、僕が左手に提げた白色の箱に視線を注ぐ。


「もしかして、シュークリーム?」

 

 彼女が嬉しそうな声で尋ねると、僕は「うん」とこたえ、箱を開封する。


 彼女は自身の大好物であるシュークリームを食い入るように眺めていた。


 やがて顔を上げると、おねだりするような眼差しを僕に注ぐ。


 その姿は、交際していたころから変わっていない。


 僕は笑顔を見せ、彼女に語りかける。


「一緒に食べよう、美希みき


 美希は笑顔を見せると、僕の右手をとり、ベンチにいざなう。


 当時よりも力は衰え、足の動きは鈍っている。


 だが、僕の右手をとる感覚は当時のままだった。



 僕たちはベンチに腰を下ろす。そして、シュークリームを一個、僕は右手に、彼女は左手に掴む。


「いただきます」


 声を揃えると、同時に、シューをかじる。


 美希は僕の左隣で、幸せそうに食感を楽しんでいる。


 当時と変わらぬ光景に、僕の頬が緩むと同時に、再び瞳の奥が潤む。


 僕は頬が濡れるところを美希に見られぬようにと右を向き、左手の人差し指で目元を拭う。


 しばらくして、秋風とともに、美希のやさしい声が聞こえてきた。


「大輔」


 僕は目元を拭い終えると、ゆっくりと右を向く。


 僕の目の前で美希は、幸せそうに笑っていた。


 やがて、僕に吹きつける風に乗せるように、美希がやさしい声を発する。


「大輔に出会えてよかった」


 声が止んですぐ、美希の右手の温もりが、僕の左手を包む。


 その瞬間、僕の瞳の奥から大粒の水滴がこぼれだし、水分がシューを覆った。



 

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