私のこと助けて ~Trash of human(人間の屑)~

Unknown

【本編】

 朝の6時に起きて、朝の7時半には、もう酒を飲んでいた。

 俺も香織かおりも2人揃ってアルコール依存症の屑である。

 朝のコンビニに2人で行って、ストロング系の缶チューハイだけを何本も購入して、俺のアパートに帰宅した。

 香織は今、何も仕事をしていなかった。俺は一応安い工賃の在宅ワークをしている。

 香織は俺のアパートにここ数日間ずっと住み着いている。

 そして彼女は酒を飲んで、笑って、泣いて、俺と話して、いつの間にか眠る。酒に溺れた、だらしない眠り姫。たまに、笑っているのに死んでいるように見える。

 アパートで缶チューハイを2人で乾杯して飲み始めた。すると香織は笑顔で俺にこう言った。


「ねぇ優雅ゆうが、もう全部どうでもいいね。この街も、私たちも、それ以外の人も」

「うん」

「なら、2人で遠くに行かない?」

「遠くってどこ?」

「ニュアンスで分かるでしょ。あの世だよ」

「急いで行く必要ないだろ。適当に生きてれば、いつか勝手に行くんだ」

「その“いつか”が長すぎるの。私には」

「気持ちは分かる」

「じゃあ一緒に……」

「早まるな。とりあえず酒を飲んで少しでも楽しくなろう。俺たちに残された道はそれしかない」

「そうだね。とりあえず今は、お酒のもっか」


 そう言って、香織は缶チューハイに口をつけて、ゴクンとアルコール(毒)を嚥下した。

 俺は毒を飲んで言った。


「そういえば香織、ART-SCHOOLの25周年のトリビュートアルバムのsyrup16gの『EVIL』聴いたか?」

「聴いた聴いた! めっちゃかっこよかった!」

「アートとシロップの曲ってこんなに合うんだなーって感動した」

「ね。シロップの持ち歌みたいになってた」

「なー」


 俺は仕事前なのに酒を飲んでいる。クズとしか言えない所業だ。監視の目は無く、やり取りはLINEのみなので、作業はつつがなく終了するだろう。


「ねぇ優雅。私のこと助けて~」


 やがて、香織が缶チューハイ片手に、トロンとした目で俺にそう言った。香織は割とすぐに酒に酔う。ふいに見えた香織の細い腕には、無数のリスカ・アムカ痕があった。


「どうやって助けてほしいんだ?」

「うーん、わかんない」

「精神的に救われたいのか?」

「そうそう。あ~、なんかおしっこしたくなってきた」

「トイレに行っトイレ」

「違う!」

「なにが」

「優雅、私のおしっこ全部口で飲んで。そしたら私の心は救われる」

「駄目だ。俺は女好きだが、排泄物に関しては絶対に飲めない。悪いけど、トイレに行ってきてくれ」

「ケチ! そういうところがケチだから優雅は女からモテないんだよ。ばーか!」

「どう考えても香織の主張は間違ってる。女のしょんべんやうんこと言った排泄物を飲んだり食う男はモテるわけないぞ。バカ野郎」

「あ、私のことバカって言った。優雅の方がバカなのに! ばか!」


 香織は楽しそうに笑っていた。


「私のおしっこを口で全部飲んでくれないなら、私の心は救われない」

「絶対もっと他の救い方あるだろ」

「あ、じゃあ、お風呂場に行って、私が全裸の優雅におしっこ掛けるのはどう? そしたら私の孤独な精神は救われるんだけど」

「それも無理だ。なんで精神的な救いを全てしょんべんと結びつけるんだよ」

「だって今おしっこしたいんだもん。優雅の全身におしっこ掛けたいんだもん」


 俺は缶チューハイを飲み、冷静に考えた。香織は酒を飲むと頭のネジが外れ、頭がおかしくなる。そしてまた俺も、酒を飲むと何本か頭のネジが外れてバカになる。

 正直言って、尿を飲むのは厳しいが、全身に尿を掛けられるくらいだったら全く抵抗は無い。洗えば良いだけだし。


「──なぁ香織、シラフに戻ってから俺に絶対に謝罪するなよ。……もう俺は覚悟が決まった。風呂場に来い」

「え、おしっこ掛けていいの?」

「ああ。思う存分、俺に掛けろ!」

「やった~。優しいね。優雅は」

「御託はいらねえ。さっさと全裸の俺に思いきり尿をぶっかけろ」

「わかった」


 俺は着替えとバスタオルを持って、速攻で服を脱いで全裸になり、風呂場に向かった。


「正座して」


 と言われたので、俺は全裸で正座した。

 やがて香織も全裸になって、風呂場に入ってきた。

 浴槽の端に足を乗せながら、香織は股を広げて発射体勢を探っている。やがて、


「行くよ!」


 と笑顔で言われたので、


「来い!」


 と俺は笑顔で言った。

 その直後、勢いよく俺は顔面から体の隅々まで香織の尿を掛けられた。

 俺は一体何をやっているのだろうという気分になりかけた。

 ちなみに、暖かかった。

 そして俺は、S気質ではなくM気質なのだという事を確信した。

 俺は心のどこかで精神的充足感を得ていたのである。

 お父さん、お母さん、申し訳ない。

 なんて言わない。

 何故なら親とは、この世に俺を生み出しただけの存在に過ぎない。

 そして僕はもう来月で29歳になるのだ。

 馬鹿だろう。

 アホだろう。

 人類、みんなアホになればいい。そしたらもっと病んでいる人間は減少するはずだ。


 ◆


 香織が俺の全身に尿を掛けた後、そのまま2人でシャワーを浴びた。俺は浴槽に湯を張った。

 尿の匂いが密閉空間の換気扇によって徐々に消えていく。

 俺はシャワーで全身を洗う。


「超気持ちよかった! あんなの生まれて初めて!」


 と風呂の中の香織は笑っていた。


「超気持ちよかったなら良かったよ。俺も楽しかった」

「嫌な気持ちにならなかった?」

「ならなかったよ。俺はこう見えて、変態なんだ」

「じゃあお互いにウィンウィンだね~」

「そうだね」


 俺もこんな経験をする日が来るとは思っていなかった。

 生きていると色々な事が頻発する。

 ああ。

 神様。

 俺は正解でしょうか。それとも間違っているでしょうか。

 そうやって神に答えを訊ねて、返答が来た試しはない。なので、この世に神など存在しない。

 香織は浴槽の中に浮かぶ黄色いアヒルで遊んでいる。

 俺はシャンプーやボディソープで己を洗った。


「ねぇ優雅」

「なに?」

「私は優雅のことが大好きだよ」

「そうか」

「優雅は私のこと大好き?」

「大好きだよ」

「なら、よかった」


 ◆


 2人して酒で狂って、何が正常か分からなくなっていた。

 景色をぶっ飛ばして、感情をぶっ飛ばして、過去をぶっ飛ばして、ただ今2人で笑っていた。

 これまでの人生の悲しみは酒が癒してくれた。

 香織は何度も俺に「大好き」と言った。

 だからそれと同じくらい俺は香織に「大好き」と言った。

 いつかは全てが風に溶けて消える。生命も文化も何もかも。

 ならば、今この瞬間を充実させることにきっと意味がある。

 ああ、酒に酔っている俺の意見だから、多分間違っているだろうな。

 でも、ねえ、俺は孤独だ。

 俺は何をすればいい。

 俺の心は何によって満たされる?

 満たしてくれ。俺の心を。俺の心を。俺の心を。

 いかれてしまっても俺は構わない。

 ああ。

 全てが夏の風と共に切なく消えていくような気がして、俺は君の名前を呼んだ。


「香織、また俺に尿を全てぶっ掛けてくれ」


 ◆


 俺の頭は生まれつき狂っているようだ。

 誰よりも孤独を感じやすいようだ。

 だから、寂しいんだ。

 寂しいんだ。

 他人を救う以前に、まず自分が救われたいんだ。

 他人を救う事は自分を救う事にも繋がると知って、俺は他人を救うようになった。

 ああ。それでも俺はアホだから人を傷付けてしまう事があるね。


 ◆


「優雅、こっち見て!」


 風呂場で香織が全裸になっていて、全裸の俺に尿をぶっ掛ける準備をしている。今この瞬間。

 それのどこに間違いがあるというのだろう……?

 俺は香織の尿をぶっ掛けられる。

 そして俺は信じられないほど満足する。

 老廃物、汚物、死にたい気持ち、消えたい気持ち、攻撃したい気持ち、それら全てを俺にくれ。













 ~終わり~

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