宝石の番
あれから七年が経った――
「リベ、ニオン、ご飯出来たよ!」
午前六時半――
日が昇り、鳥の囀りと共に男の声が部屋に響いた。
「ニオン、また徹夜したな、こんなに本を読んで...」
「体は平気なのか」
「はい、大丈夫です...」
男の名はロザウ、リベの父親で俺を助けてくれた恩人だ。
俺はこの七年間、体のリハビリと義手の操作の練習を続けてきた。
爛れて動かなかった体を少しずつ動かせるようにし、義手を動かすことから始めた。
どちらも習得には六年を要した。
激痛は完全には消えず、今もなお痛みが残っている。
「それで、何か分かったか」
「赤い宝石については何も...だけど、この力ってのを」
ロザウの家には沢山の本があった。
以前、ロザウが医者をやっていたからこんなにあるみたいだ。
俺は開いているページをロザウに見せた。
「代替の事か」
現在、医学では宝石の導入が検討されている。
宝石にはそれぞれ固有の力があり人に影響を及ぼしている。
それは心のケアや体を癒やす効果など様々である。
ウォーターオパールは俺の心臓の代替の機械を駆動するエネルギーとなっている。
だが、ロザウやこの本の言う代替は別の意味のことであった。
代替――感覚を失うと別の感覚が補うように鋭くなる現象
目の見えない人は聴覚が人より優れているという話がある。
似たようにウォーターオパールは失った感覚の代替として不思議な力を引き出す力を持つ。
「うん、あったんだ...」
「その代替が俺にも」
「そうか...」
ニオン、お前は大したやつだよ。
代替の発現には失った感覚と同時に強い希望を持つことが必要なんだ。
「それでどんな力なんだ」
「うん、宝石に触れたらその宝石の力が分かるんだ」
「それは凄いな!」
「ちょっと待ってろ」
ロザウは自分の部屋に戻った。
奥から何か大きな音が聞こえた。
「これをやる、私の集めた宝石たちだ」
ロザウはベットの上に大きなケースを置いた。
ケースを開けると、中には幾つもの宝石たちがあった。
「例えばこれ、どんな効果だ」
ロザウは緑の石を渡した。
「体が硬くなる...」
「違うなぁ」
「え?」
「こいつは翡翠と言って、持ってると心に強い意志が宿るんだ」
「じゃあ俺のこれは...」
「まだ宝石の効果は未知数だ、それもあるのかもしれない」
なら他は...
俺は別の宝石に手を伸ばした。
「おおっと、これは一旦置いておいて」
ロザウはケースを閉じた。
「早く下に来なさいご飯が冷めてしまう」
ロザウは微笑んで下に降りた。
俺も笑顔で下に降りたかった、けどもう笑顔の作り方も覚えていない。
それと――
不意に俺は見てしまった、ロザウの口から血が垂れた所を。
何でもなければいい、気の所為ならいい。
無いはずの心臓が縮まったのがこれが最後だといい。
数カ月後――
その気がかりは案の定的中してしまった。
「......」
「パパ...ねぇ」
「リベ、ニオン...」
ロザウの体は病気を患っていた。
悪性の潰瘍のそれはどの本を読んでも治し方が判明されていなかった。
「私は...もう助からない」
「いや、宝石の力なら」
ロザウは首を横に振った。
「もうダメなんだ...」
「何がだよ」
「宝石には病を治す力はある...だが知る限りそれはどれも初期段階に限定される」
俺は命の恩人に何も出来ないのか...
「それとニオン...すまなかった」
「なに謝ってんだ、俺の方こそ」
「お前につけた...機械」
「あれには限界があった...」
「限界...」
「あれは十年が限界だ...」
「もしかしたら...もっと短いもしれない」
ニオンの心臓の代わりとなった歯車は、精密に作られ、血液の循環を担っている。
だが、その歯車は十年に一度、誤差を起こす。
それはすなわち、ニオンの心臓が停止することと同義である。
取り替えることが出来ない以上、正真正銘最後の命なのだ。
俺のことなんて気にするなよ。
俺にとって今までは奇跡のような毎日だった。
「絶対に死なせない...治せる宝石を探してくる」
「ニオン!!」
ロザウは掠れた声で全力でニオンを止めた。
「もういいんだ」
「何がいいんだよ!お前にはリベがいるだろ」
「それなのに弱気になって...」
「お前がいる...」
「ッ!」
俺は歯を食いしめた。
呼吸が少し荒くなった。
「自分で言ったろ...俺だって時間が」
「お前には宝石の力を知る能力があるだろ...」
「それで見つけるんだ...体を治す宝石を」
「だけど俺は...」
「お前は復讐のために生まれたんじゃない...」
「幸せになるために生まれてきたんだ」
その瞬間――涙が頬を濡らした。
七年ぶりの涙だった。
その涙はあの時とはまったく違う涙だった。
「ニオン...お前も私の大事な家族だ」
「幸せになってくれ」
「......」
ごめん、ロザウ――それは出来ないよ。
俺は赤い宝石のためなら人を殺す。
復讐は絶対にする、幸せになるつもりはない。
俺はロザウの言うことは守れない。
でも――
「リベだけは絶対に守るよ」
「...そうか」
「それが聞けて良かったよ...」
「リベ...」
「うん、パパ、何...」
リベの涙は止まらなかった。
涙を拭った白い袖は水分でビショビショになっていた。
「大切なことを三つ言う」
「ニオンの言うことを聞きなさい...自分で動いて考えなさい」
「そして...」
「幸せに生きなさい...いいね」
「うん、分かったよ...」
そして、ロザウは微笑みを残してゆっくりと目を閉じた。
午前六時半――
日が昇り、鳥の囀りと共に炎の音がした。
パチパチと箱は燃え、黒い灰へと変わっていく。
「リベ、本当に付いて来るのか」
「うん...」
「私はニオンと一緒がいい...」
「分かった」
俺はロザウの残した機械室を漁った。
部屋には、俺の体の機械に似たものがたくさんあった。
俺は鉄の装甲や工具を取り出した。
体の修理と強化のためだ。
俺は鉄の装甲を胸と腕に填めた。
これで、歯車や義手の軸を傷つけることはない。
「リベ、荷物載せたら上に乗れ」
荷車にリベは、自分の荷物と宝石の入ったケースを載せると、その上に乗った。
俺も装甲の予備と工具を載せ、取手を掴んだ。
「行くぞ...」
「うん」
足を踏み出した。
そして進んだ。
ここで始まった。
復讐の旅が―――
現在――
ギィ、ギィ...
もう
ニオンは荷車を押して地面を踏みしめていた。
砂埃が舞い、ニオンの乾いた白い髪を汚した。
俺には手掛かりがあった。
父を殺した男のマントの中から黄色い紋章が見えていた。
形までは分からかったが確かに黄色かった。
俺は黄色い紋章で宝石を扱っている国を手当たり次第に調べ、二つの候補まで絞り出した。
「リベ、この道分かるか」
進んだ先に二手に分かれた石の道があった。
どちらもずっと遠くまで続いており、城へと続いた道だった。
「ニオン...情報だと右はドレジア王国、左はナイト王国」
「宝石は」
「うん、右はダイヤモンドで左はルビー」
「ルビー...」
そして、あの赤い宝石の絵――
ナイト王国にきっとあいつが、そして宝石も...
俺は左の道に進んでナイト王国に向かった。
「おい!」
「お前、盗賊か?」
騎士...
道の奥から眼帯の騎士が現れた。
青と白の高貴な服を纏い、
ウォーターオパールのネックレスを付けていた。
代替持ち...
眼帯の騎士は後ろに二人の騎士を率いて俺とリベに立ちふさがっていた。
黄色い紋章...ここで間違いない。
騎士の紋章は黄色く、剣の絵が掘られていた。
「違います、俺は商人です」
ここで敵対される訳にはいかない。
より城に近づいて確実に宝石を手に入れなければいけない。
棒読み...
「嘘が下手だな」
「それに眼帯、お前も代替を持っているな」
「これは...」
「いい、いい、嘘はいらない」
騎士は手を伸ばし、俺の言葉を遮った。
「俺には分かる」
「代替を得るために片目を失ったんだ、生半可な覚悟じゃない」
「その覚悟を褒めたいところだが...」
「代替なんてお前のなりで知ってるのはおかしいんだよ!」
「立派な医者や位の高い騎士しか知らない情報だ」
「強引に情報を盗んで得たんだろう」
「私は絶対に許さない...」
騎士は剣を抜いて、素振りをした。
その素振りは力強い風を起こし、ニオンに圧を与えた。
「驚いたか」
「俺の代替―風斬り」
怒りを含んだ言葉とは違い、
その表情は嘲笑い、人を貶す目をしていた。
騎士さん、あんたには恨みはないし家族もいる、殺したくない。
けれど――
《幸せになってくれ》
俺は赤い宝石のためなら人を殺す。
復讐は絶対にする、幸せになるつもりはない。
俺はロザウの言うことは守れない。
「邪魔をするなら...」
「ああ?」
「邪魔をするならなんだッ...」
なんだこいつ、さっきまでただのガキだったのに...
この目、漆黒の闇、危険。
騎士の額に汗が流れる。
「レイフェルさん、こいつ...」
「うるさい!」
「お前らは下がれ」
俺が殺るんだ、こいつを俺の代替で!
「行け、風斬り!!」
レイフェルが剣を振ると大きな風の斬撃が発生し、
ニオンに飛び出した。
「防いだ、あの腕!」
ニオンは義手を前に出し、真正面で斬撃を受けた。
腕には重い衝撃と小さな斬撃の痕が残った。
俺は鉄の拳をレイフェルの顔に向けて打ち付けた。
「グォ...」
殴った衝撃でレイフェルは変な声を出して地面に転がった。
こんなやつに...盗賊に――
俺が負けるのか?
そうだ...
数ヶ月前――
「レイフェル、昇格祝いだ」
代替のきっかけをくれたあいつは俺に宝石をくれた。
「お前の風斬りなら最高の出来になると思うぜ」
レイフェルはポケットから宝石を取り出した。
その宝石は陽の光のように黄色く輝き、奥の色は濃く凝縮されていた。
「見ろ、この宝石を」
「太陽の寵愛を得たこのシトリンを!」
「シトリン...」
「この石は私の力を極限に引き上げる!!」
「風斬り!!」
レイフェルが剣を振るうと地面を抉る強力な風の斬撃が発生した。
「ッ!」
広範囲かつ全てを食らうその斬撃はニオンの体を持ち上げて体を削り上げた。
荷車は大丈夫だな...
風は俺を押し上げると勢いを失った。
あの風は何かにぶつかると消えるみたいだ。
「どうしたぁ?」
「まだ攻撃は終わってないぞ」
レイフェルは剣を何度も空を振るう。
その度、大地を削る強力な風が俺に向かった。
こいつの斬撃は明らかに強化されている。
まともに食らったら...
「ハハハッ!」
「いい気味だ、もうまともに動けないだろう」
チッ、残り僅か...
もうちょっと楽しみたかったのにな。
シトリンは代替の効果を引き上げる力を持っている。
その効果は絶大である一方、
消費量が早く宝石はすぐに小さくなってしまう。
ニオンの体は傷だらけで血を流していた。
その負傷は激しく、倒れた体を起こすのが限界だった。
「最後に何かあるか」
「最後...」
俺の代替は触れた宝石の効果を知る力――
戦いには何の役にも立たない能力だ。
だが、これは副効果にすぎなかった。
俺の持つ本当の代替は――
「俺は死ねない...」
「ああ?」
「リベ、カーネリアン」
「うん...」
リベはケースを開けてオレンジに輝くカーネリアンを出してニオンに投げた。
ニオンはカーネリアンを掴み、ナイフを出した。
そして――
俺はカーネリアンを飲み込んだ。
「なんだ...」
俺の持つ本当の代替は宝石の力を自身の力にする能力。
カーネリアンは心に勇気を宿す宝石。
俺の場合は――
なんだ?
こいつの闘志は――その体じゃ一歩進むのが限界なはずだ。
それなのに...
負けるかよ...
俺の力はこの宝石があれば無敵だ!
全てをこの一撃に!
「うおおお、風斬り!!」
シトリンは一瞬にして消え去り、
代わりに剣は今までにない強い風を放ち、全てを侵食した。
「閃光...」
ニオンは力強い一歩を踏み込んだ。
その足は白き閃光を放つと、レイフェルの元に一瞬で運んだ。
その刹那の速度はレイフェルはもちろん、ニオンでさえ認識することはできなかった。
速度が生み出した衝撃波は斬撃を掻き消し、ナイフはレイフェルの体を一瞬で斬り裂いた。
「最後なのは、お前の方だったな」
「......」
俺の持つ代替は宝石の力を自身の力にする能力。
名を――宝石の
宝石の番(ホウセキノツガイ) 黒田挙響 @kurodakennkyou
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