第6話 孤独 

翌朝、レグは食堂にいた。

白い壁の向こうで陽射しのような照明がきらめき、食卓には先生たちが用意した甘いパンと温かいスープが並んでいた。子どもたちはみな、賑やかに笑いながら口に運ぶ。


「ねえ、みんな」

スプーンを握ったまま、レグは口を開いた。


「浄化って、なんなんだろう」


その一言で、隣に座っていたジョイが吹き出した。

「なにそれ、また昨日みたいに怖い夢でも見たんだろ!」

無邪気な声が響き、周囲からも笑いがこぼれた。


「いや、でも……」

レグは続ける。

「アニは、前と違った。きれいになったとか、そういうんじゃなくて……何か、大事なものを、置いてきてしまったように見えたんだ。」


沈黙が広がる。

けれど次の瞬間、ジェロが小声で「ふーん」と言い、アンがパンをちぎりながら鼻で笑った。

「大事なもんなんて、最初からないだろ。俺たちはここで暮らす。それだけでいい」


食堂はやけに広く感じられ、レグの言葉は浮き上がったまま、どこかへ消えた。やがてジョイが声を張り上げ、空気はまたいつものざわめきに戻る。


レグは黙ってスープを口に運んだ。


――みんな、本当に気づいていないのか。

――気づかないふりをしているのか。


賑やかなテーブルの向こう、ガラス窓には今日も穏やかな青空が映っていた。けれどその窓は、かつて一度も開いたことがなかった。



その日の午後、レグは呼ばれた。

先生のひとり――白衣を着た女の先生が、いつもの柔らかい笑みを浮かべながら言った。


「レグ、少しお話をしましょう。大丈夫、すぐに終わりますから。」


声は穏やかだった。けれど、レグの胸には冷たい針が刺さったような感覚があった。なぜ自分なのか。なぜ今日なのか。


廊下を歩くと、壁にかかる絵が目に入る。子どもたちが描いた絵――大きな花や、虹、笑顔の人々。外の景色を描いた子は、誰ひとりいなかった。


案内された部屋は、普段の教室よりも静かだった。白い壁に囲まれ、窓のない部屋。中央に小さな椅子がふたつ向かい合って置かれている。


「ここに座ってね。」

先生は柔らかく促した。


レグは椅子に腰を下ろす。

心臓が胸の内側で強く脈打つ。


先生はしばらくレグを見つめ、それから低い声で言った。


「あなた、少し考えすぎているでしょう。」


「……考えすぎ?」


「そう。浄化のこととか、他の子のこととか。心配する必要はありません。みんな幸せに、ここで暮らしているのですから。」


笑顔の奥に、鋭い冷たさがあった。

レグは目を逸らさずに尋ねる。


「先生……浄化のあと、みんなはどこへ行くの?」


一瞬、沈黙。

それはわずか数秒のことだったが、永遠にも思えた。


「……元の場所に、帰るのですよ。」

先生はそう言い、にっこりと笑った。

だがその表情は、ただ用意された答えを口にしているようで不自然に硬かった。


レグは唇を噛んだ。


――帰る? どこへ? 何のために?


疑問は雪のように積もっていくのに、声にはならなかった。


部屋の天井に灯る白い光が、やけにまぶしく見えた。


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