第1話 朝の鐘

鐘が鳴った。


それは鳥のさえずりの代わりであり、朝日のまぶしさの代わりでもあった。この場所で一日の始まりを告げるのは、決まって銀色の鐘の音だけだった。子どもたちは一斉にまぶたを開き、ベッドから跳ね起きる。


廊下にはもう、足音があふれていた。裸足の子も、服を半分着崩した子も、互いにぶつかりながら食堂へ駆けていく。笑い声、泣き声、怒鳴り声、歌声――それらが混ざり合って、ひとつの大きなざわめきになる。


食堂の長い机には、白いパンと、透明なスープが並んでいる。毎日同じ味だとわかっていても、子どもたちは列を作り、争うように椅子を取り合った。


「おれが先だ!」

「ずるいよ!昨日だってあんただったじゃない!」

「うるさい、座れたもん勝ちだ!」


そう言っては喧嘩し、また笑い、泣きながら仲直りする。机の端では、二人組が何かの歌を即興でつくり、両隣はそれにやじを飛ばす。食堂はすぐにお祭りのような活気に包まれた。


レグは、少し離れた窓辺に腰をかけ、その賑やかさを眺めていた。パンをちぎるでもなく、スープを口に運ぶでもなく。ただ指先で窓をなぞり、外に広がる淡い青の景色を見ていた。そこには雲も太陽もなく、昼とも夜ともつかない光が、いつも同じ濃さで漂っているだけだった。


「レグはまた考えごと?」

声をかけてきたのは、小さな女の子だった。片方の三つ編みがほどけて、ふわふわと揺れている。


「うん。ただ、なんとなく」

レグは曖昧に答える。


「まただ。きみはすぐに“なんとなく”なんだもの」

女の子はからかうように笑い、席に戻っていった。


その背を見送った後、レグは小さく息をついた。胸の奥に沈んでいる重さを、言葉にすることはできない。だって、他の誰もそんなことを気にしてはいない。わかってくれるはずも無かった。食堂の子どもたちは今日も喧騒の渦の中で、泣き、怒り、笑い、叫んでいる。その輪から外れているのは、いつだって自分だけのように思えた。


鐘が再び鳴り響いた。

それは食事の終わりと、次の時刻の始まりを告げる合図。子どもたちは食べかけのパンを放り出し、歓声を上げながら廊下へ駆け出していった。


今日は「浄化の日」だった。

先生がそう呼ぶ儀式の日。


何を浄化するのか、誰も深く考えはしない。ただ「浄化」と言われれば、皆で一斉に集まるのが決まりになっていた。それは、遊びや授業と同じくらい、当たり前のこととして受け入れられていた。


レグは少し遅れて立ち上がり、窓辺に映る自分の姿を見つめた。

その瞳の奥にあるものを、彼自身でさえ説明することができなかった。

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