第3話 血と契約の街


月日は流れ、桐島組の名は王都の片隅で少しずつ広まっていた。


奴隷商人に抗い、弱者を守るその姿勢は、一部の市民にとって希望となった。

だが、正義を掲げる者ほど、権力者にとっては邪魔な存在となる。


そして今、ついに“法”の名を借りた弾圧が始まろうとしていた。



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「何だと?」


俺は報告を聞いて魔草を床に叩きつけた。


「確かです、親分」ジンが悔しそうに続ける。「俺たちに『暴力組織認定』が下されました。王都の法務官が正式に指名手配令を出したんです」


「タイミングが良すぎるな」


俺は窓から外を見た。王都の街並みは相変わらず華やかだが、どこか胡散臭い雰囲気が漂っている。


「エリカ、お前は貴族の出だったな?こんなことってあり得るのか?」


「普通はありません」エリカが首を振る。「暴力組織認定には複数の証人と、被害の実態調査が必要です。それに...」


彼女は困惑している様子だった。


「黒狼団こそ、今まで散々悪いことをしていたのに、なぜ彼らは放置されていたんでしょう?」


「答えは簡単だ」


新しい声が響いた。振り返ると、見覚えのない老人が入り口に立っている。ボロボロのローブを着た、痩せこけた男だった。


「誰だ、テメェは?」


「名前はグレン。元は王都の法務官をやっていた」老人は自嘲的に笑った。「今は『不都合な真実を知りすぎた』という罪で、こんな有様だがな」


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グレンの話は衝撃的だった。


「この王都の『法』ってのはな、全て契約書によって成り立っている。だが、その契約書を作るのは貴族たちだ。つまり、連中に都合のいいルールが『正義』になるわけよ」


「それじゃあ法治国家でもなんでもないじゃない」エリカが憤る。


「そういうこった。そして黒狼団のガルムは、その貴族たちと『相互利益保障契約』を結んでいる」


「相互利益保障契約?」


「要するに、『お互いの商売を邪魔しない』って約束だ。貴族は税金を好き勝手に使い込み、ガルムは裏社会で好き放題やる。win-winの関係ってわけだ」


俺は拳を握りしめた。


「で、俺たちはその『都合のいい関係』を壊しかけたから、消されるってわけか」


「ご明察。しかも今度は『法』のお墨付きがある。正当な理由で堂々と潰せるからな」


グレンは懐から古びた書類を取り出した。


「これが証拠だ。『暴力組織認定申請書』。申請者の名前を見てみな」


書類に目を通すと、驚くべき事実が書かれていた。


申請者:ガルム・ブラックウルフ(黒狼団団長)

承認者:レオンハート・フォン・クライン侯爵

理由:新興暴力組織「桐島組」による市民への脅迫行為及び営業妨害


「営業妨害だと?」ジンが呆れる。「奴隷商売を邪魔したことがか?」


「そういうことになってる。しかも『被害者の証言』もちゃんと揃ってるぜ」


グレンが皮肉っぽく笑う。


「全部でっち上げだがな。証人は全員、ガルムに金で買われた連中だ」


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その日の夜、俺たちのアジトが王都守備隊に包囲された。


「桐島組の諸君、投降しなさい!君たちには正当な裁判を受ける権利がある!」


隊長らしき男が大声で呼びかけている。だが、その隣にはガルムの姿もあった。腕に包帯を巻いているが、勝ち誇った表情を浮かべている。


「親分、どうします?」


「決まってるだろ」俺は立ち上がった。「正面から行く」


「え?」


「逃げ回っても仕方がない。堂々と出て行って、筋を通すだけだ」


俺は扉を開けて外に出た。仲間たちも続く。


「おお、素直に出てきたか」隊長が安堵の表情を見せる。「では、武器を捨てて—」


「ちょっと待てや」


俺は前に出た。


「俺たちが何の罪を犯したって?」


「暴力組織として市民を脅迫し—」


「具体的に誰をいつ脅迫した?」


隊長が口ごもる。


「それは...調書によると—」


「調書?」俺は笑った。「俺は見てねぇぞ、そんなもん。被害者って奴らと直接話をさせろ」


「それは法的手続きが—」


「法的手続きってのは、被告の権利を守るためのもんじゃねぇのか?」


俺は一歩前に出る。周りの守備隊員たちがざわめいた。


「おい、隊長さんよ。あんた本当に正義のために俺たちを捕まえようってのか?それとも、あそこの狼野郎に言われたからか?」


隊長の視線がガルムに向く。ガルムは焦ったような表情で手を振った。


「早く捕まえろ!こいつらは危険だ!」


「危険?」俺は腕を広げた。「見ろよ、俺は丸腰だ。武器も持ってない。どこが危険だ?」


「でも、君たちは黒狼団の構成員を暴行した」


「正当防衛だ。あいつらが先に俺たちを襲ったんだからな」


「それは君の主張であって—」


「じゃあ、証拠を見せ合おうぜ」


俺はグレンから受け取った書類を取り出した。


「これが『暴力組織認定申請書』の原本だ。申請者がガルムってことは、つまり被害者と申請者が同一人物ってことになる。おかしくねぇか?」


隊長が書類を受け取って読み始める。その表情が次第に困惑に変わっていく。


「これは...どういうことだ?」


「簡単な話だ」俺は煙草に火をつけた。「あんたたちは騙されてるんだよ」


---


「黙れ!」


ガルムが前に出てきた。


「こいつらは巧妙に言い逃れをしているだけだ!早く捕まえろ!」


「ちょっと待ってください」隊長がガルムを制した。「この書類が本物なら、確かに手続きに不備が—」


「不備だと?馬鹿な!クライン侯爵直々の承認だぞ!」


ガルムの言葉に、隊長の表情がさらに変わった。


「クライン侯爵が...直接?」


どうやら隊長にとっても、それは異例のことらしい。


「隊長さん、あんたは軍人だろ?」俺は真剣な目で見つめる。「軍人なら筋ってもんが分かるはずだ。正しくないことに加担してて、恥ずかしくねぇのか?」


「それは...」


隊長が迷っている間に、エリカが前に出た。


「隊長、私はエリカ・フォン・シュタイナーです。シュタイナー男爵の娘です」


「シュタイナー男爵の?」隊長が驚く。「しかし、あなたは行方不明になったと...」


「借金のカタに奴隷として売られたところを、竜一さんに救われました。私が証人です。彼らは市民を脅迫するどころか、弱い者を守っているんです」


「嘘だ!」ガルムが叫ぶ。「こいつらは全員グルだ!」


「なら証明してやろうじゃねぇか」


俺は大声で周囲に呼びかけた。


「この街の住民の皆さん!俺たち桐島組が、いつ誰を脅迫したか知ってる奴はいるか?逆に、俺たちに助けられた奴がいたら、証言してくれ!」


しばらくの沈黙の後、群衆の中から一人の男が出てきた。


「あ、あの...」


痩せこけた中年男性だった。


「俺の娘が奴隷商人に攫われた時、この人たちが助けてくれました。お金も要求されませんでした」


続いて、別の女性も出てきた。


「私も!借金で首が回らなくなった時、利子を肩代わりしてくれたのは桐島組の人たちです!」


次々と証言者が現れる。俺たちが助けた人々が、勇気を出して前に出てきてくれていた。


「これでも俺たちが悪者に見えるか?」


俺は隊長を見つめた。


「法律ってのは、弱い者を守るためにあるもんじゃねぇのか?それなのに、なんで俺たちを捕まえて、本当の悪党を野放しにするんだ?」


隊長は長い間考えていたが、やがて剣を鞘に収めた。


「...分かった。今日のところは引き上げる。だが、正式な調査は必要だ」


「上等だ。いつでも協力する」


俺は隊長に手を差し出した。隊長は少し迷った後、その手を握り返した。


「クソが!」


ガルムが歯ぎしりしながら立ち去っていく。


---


翌日、俺たちのもとに意外な訪問者がやってきた。


「失礼します。私はマルコス・フェリーニ。『鉄鎖の会』の代表をしております」


現れたのは、品のいい中年男性だった。だが、その腕には太い傷跡が残っている。


「鉄鎖の会?」


「元奴隷たちで作った相互扶助組織です。昨日の件、見させていただきました」


マルコスは深く頭を下げた。


「我々も、この街の腐った仕組みには辟易しています。もしよろしければ、手を組みませんか?」


「手を組む?」


「はい。一つの組織では限界があります。しかし、志を同じくする組織が連合を組めば...」


俺は興味深そうに聞いていた。


「面白れぇ話だな。で、他にも仲間がいるのか?」


「『青嵐商会』という元冒険者たちの組織と、『赤十字団』という医師や治療師の集まりが協力してくれると思います」


マルコスは地図を広げた。


「皆、表向きは合法的な活動をしていますが、実際には黒狼団や腐敗貴族たちに苦しめられています」


「なるほどな」


俺は魔草に火をつけながら考えていた。


「だが、連合を組むってことは、俺の仁義に従ってもらうってことになる。それでもいいのか?」


「むしろそれを望みます」マルコスの目が輝いた。「契約書に縛られない、本当の信頼関係を築きたいんです」


俺は仲間たちを見回した。皆、期待に満ちた表情で頷いている。


「よし、やってやろうじゃねぇか」


俺は立ち上がった。


「法に筋がねぇなら、俺が筋を通すだけだ。この街に、本当の義を見せてやる」


---


その夜、王都の地下にある廃墟で、秘密の会合が開かれた。


「鉄鎖の会」から十五人、「青嵐商会」から二十人、「赤十字団」から十人。俺たち桐島組と合わせて、総勢六十人ほどの集まりとなった。


「皆、よく集まってくれた」


俺は中央に立って話し始めた。


「俺は桐島竜一。前の世界で極道をやっていた男だ。この世界でも、筋を通し、義理を重んじ、弱い者を守る。それが俺の流儀だ」



「極道とはなんだ?」


「前の世界とは?」


ざわめきが聞かれる中、俺の声が響く。


「今はそんなことどうでもいい、一人じゃ限界がある。だからこそ、同じ志を持つお前らと手を組みたい」


俺は拳を握りしめた。


「契約書なんていらねぇ。金の貸し借りもしねぇ。ただ、困った時は助け合い、筋の通らねぇことには一緒に立ち向かう。それだけだ」


「賛成です!」マルコスが声を上げる。


「俺たちも!」青嵐商会のリーダーが続く。


「赤十字団も協力します」


俺は満足そうに頷いた。


「よし、それじゃあ今日から俺たちは――義で繋がる一家だ」


筋を通す者たちが手を取り合い、義の旗が地下に翻った。


それはまだ誰にも知られていない、静かな革命の始まり。


そして次なる章では、その旗に最初の“血の風”が吹きつける。

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