第24話
美咲との電話を終えた裕子は、夜風に吹かれながら、正樹と二人で縁側に座っていた。海の音だけが聞こえる静かな夜だった。
「ごめん、父ちゃんの言葉、気にしないでくれ」
正樹がそう言って、そっと裕子の肩を抱いた。
「ううん、大丈夫。美咲さんと話して、少しわかったの。正樹さんのお父さんは、ただ畑を大切に思っているだけなんだって」
裕子は、正樹の肩にそっと頭を乗せた。
「私、もっとこの町のことを知りたい。この畑が、お父さんにとってどんな意味があるのか、正樹さんにとってどんな場所なのか」
正樹は嬉しそうに笑った。
「そうだな。じゃあ、明日から特別授業だ。朝早く、父ちゃんの収穫を手伝ってみるか?」
翌朝、裕子は慣れない長靴を履き、まだ薄暗い早朝の畑へと向かった。耕作は、すでに作業を始めていた。彼の背中は、昨日見た時よりもずっと大きく、大地に根を張っているように見えた。
「おはようございます」
裕子が声をかけると、耕作は一瞥するだけで、何も言わなかった。
正樹が、裕子に収穫用のカゴを渡した。
「父ちゃんは寡黙だけど、仕事は誰よりも丁寧なんだ。見て学んでくれ」
裕子は、トマトの苗と向き合った。昨日パソコンで見た写真とは違い、畑のトマトは一つ一つ、色も形も違っていた。耕作は、完熟したものだけを、手際よく、そして優しくカゴに入れていく。
裕子も真似てみたが、どれが「完熟」なのかが、すぐには判断できない。少し緑の残るものを取ろうとすると、耕作の手がさっと伸びてきた。
「まだだ。畑が、もう終わりだと言うまで待つんだ」
初めて聞いた耕作からの明確な言葉だった。それは、自然の恵みを最大限に引き出すための、彼なりの哲学だった。
「このトマトは、わしらの誇りなんだ。都会の派手な絵面(えづら)のために、嘘はつけん」
裕子はハッとした。「派手な絵面」とは、自分が作ったウェブサイトのことを言っているのだろう。彼は、畑の真実ではないものが、都会の消費者に届くことを恐れているのだ。
裕子はカゴを置き、頭を下げた。
「すみません。ウェブサイト、この畑の真実が伝わるように、作り直します」
耕作は、何も言わなかった。しかし、その無言の視線は、昨日までの冷たいものではなく、わずかな期待を含んでいるように感じられた。
裕子は、パソコンの画面ではなく、この畑と土から、自分の仕事を見つめ直さなければならないと強く決意した。
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