第2話

転がった野菜を拾い集める間、裕子は何度も「すみません」と謝った。


「いいって。俺も確認せずに水撒いてたし、お互い様だ」


そう言って、正樹はにこやかに笑う。


「でも…」


裕子が拾い上げたミニトマトは、何個か潰れてしまっていた。


「大丈夫だって。これも味なんだよ」


正樹は潰れたトマトを一つ掴み、裕子に差し出した。


「ほら、食ってみな」


裕子は一瞬戸惑ったが、彼の笑顔に促され、おずおずと口に運ぶ。その瞬間、弾けるような甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。


「おいしい……!」


そのあまりの美味しさに、裕子は素直な感想を口にした。


「だろ?うちのトマトは甘いんだ。うちの父ちゃんが育ててるんだけどさ」


「そうなんですね」


「この畑、俺が引き継いだんだけど、まだまだ父ちゃんには敵わないんだ」


彼の声は、自信に満ち溢れているというよりは、どこか楽しそうに聞こえた。裕子の会社では、同期や上司はいつも、自分の成績や能力を自慢し合っていた。誰かを蹴落とすことが当たり前だった世界とは、あまりにも違う。


転がった野菜をすべて拾い終わり、正樹は「じゃあな」と手を振った。


「あの、これ、弁償します」


裕子はバッグから財布を出そうとしたが、正樹はそれを制した。


「いらねぇって。怪我しなくてよかった。それだけで十分だ」


裕子は再び頭を下げ、車に戻った。バックミラー越しに、正樹はまだ立っていた。彼は軽トラックの荷台に乗り、再びホースで水を撒き始めた。夕焼けに染まる畑で、黙々と作業する彼の背中は、どこか誇らしげに見えた。


家に帰り着くと、母の敦子が庭先で裕子を待っていた。


「おかえり、裕子。ずいぶん遅かったじゃないの」


「うん。ちょっと道で事故に遭っちゃって」


「事故?!」


母は慌てて裕子の全身を隈なくチェックした。


「大丈夫。怪我はないから」


母を安心させ、裕子は自室へ向かった。疲労がピークに達し、ベッドに倒れ込む。目を閉じると、先ほどのトマトの甘酸っぱさと、正樹の眩しい笑顔が蘇ってきた。


都会で忘れてしまった、何かが、ここにはあるのかもしれない。


明日、もう一度、彼の畑に行ってみようか。裕子はそう思いながら、深い眠りについた。

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