第19話 エピローグ

◇◇ 10月4日 9時半 海水浴場


 あれから一ヶ月が過ぎた。俺と百花は毎日のようにビデオ通話をしている。百花はモモの話をあまりしなくなった。ただ、メンバーの面白い話はいろいろしてくれる。仲良しのミキの話が多いが、最近は同郷のリーダー・ツバキの話も増えてきた。


 でも、どうしても距離を感じてしまう。東京と熊本だから仕方ないことだ。


 今日は土曜日、バイトだ。俺は久しぶりに海水浴場に来ていた。


「涼しくなったな」


 夏の暑さは感じなくなっている。海からの風も涼しい。だが、熊本の10月はまだ日光が強かった。


 俺は木陰のベンチに座り本を読み始めた。

 いつもなら至福の時間だ。だが、なかなか読書に集中できなかった。


(百花……)


 ここに来ると思い出してしまう。百花と過ごしたあの夏の終わりを。


 今思えば、なんてまぶしい日々だったんだろう……

 百花は戻ってくると言っていたが、ああいう日々はもう過ごせないに違いない。


(次に会えるのはいつだろうな)


 百花は東京には来るなと行っていた。百花がこっちに帰ってくるのを考えると、来年だろうか。それでも早いぐらいかも知れない。瑞樹に少し聞いたところでは、シュガーライズの人気はさらに上がっているようだし。


「はぁ……」


 思わずため息が出たときだった。


「秋の海水浴場もいいわね」


 その声に俺は振り向いた。


「も、百花!!」


「ふふっ、サプライズ成功!」


 Vサインを出した坂山百花がそこに居た。

 あのときと同じ、Tシャツにショートパンツだ。


「なんでここに居るんだよ」


「休み取れたから、来ちゃった」


「来ちゃったって……連絡しろよな」


「だって、ここまで来れる時間がいつになるか分からなかったから。でも、無理言ってまずは来たんだ」


「そ、そうか……」


 俺は百花に近づいた。


「百花、お帰り」


「ただいま、真人」


 俺たちは抱き合った。


「……感動の再会の最中、申し訳ないんだけど……」


 突然、声がして俺はその方向を見る。坂を降りてくる2つの人影があった。一人は間違いない。シュガーライズのリーダー・ツバキだ。もう一人は知らない大人の女性だった。


 その大人の女性が近づいてきて俺に名刺を渡してきた。


「はじめまして、シュガーライズのマネージャー、梅原です」


「マ、マネージャーさんですか。ど、どうも、初めまして」


「ふふ、そんな緊張しなくて良いわよ」


 百花が笑う。


「いや、だって……百花の上司だろ」


「上司って、ウケる……」


 百花がさらに笑った。横に居るツバキも笑って言った。


「真人さん、私のことは分かるかしら?」


「は、はい。ツバキさん、ですよね。リーダーの」


「知っててもらって嬉しいわ。私と梅原マネはどうしても一度あなたに会いたいと思って、ここまで来たの」


「そ、そうですか……でも、なぜ?」


「それはモモに全て聞いたからよ。そして、あなたがどういう人かを見極めたいと思ったから。それには会うのが一番でしょ?」


「は、はい……」


 つまり、俺が百花にふさわしい男かの面接みたいなものか。


「モモはあなたのことをとても大事に思ってる。あなたはどうなの?」


「俺も……百花が一番大事です」


「そう。じゃあ、モモのことを待てる?」


「もちろん。俺は待ちます」


「アイドルを辞めるのはいつになるかわからないわよ」


「分かってます。でも、大丈夫です」


「そう……じゃあ、最後に質問。昨日発表されたシュガーライズの次の新曲の名前は?」


 まずい。俺は百花のことは常にいろいろ聞いてるが、シュガーライズの情報はもう追わなくなっていた。


「す、すみません! わかりません!」


 俺は頭を下げた。


「ふふっ。これを答えられないってことは、あなたは確かに百花のことだけを見てるみたいね」


「え?」


「シュガーライズに興味があってモモを狙ってるんじゃ無いことを確かめたかったの」


「そ、そうですか……」


「だから、言ったのに。真人は私を騙そうとかしてないから」


 百花がツバキに言う。


「そうみたいね。じゃあ、合格ってところかな」


 ツバキがそう言って俺はほっとした。


「梅原マネ、何か確かめたいことは?」


 ツバキが聞く。


「私はツバキを信頼してるし、ツバキがいいならそれで良いわ」


「わかりました。じゃあ、モモ……例の件はちゃんとしてね」


「うん……ツバキ、梅原マネ、ありがとう」


「それじゃ、私たちは行くから」


「え? そうなの?」


「うん。私も忙しいのよ。旧友に会わないといけないし」


 ツバキが言う。


「私もテレビ局まわりがあるからね」


 梅原マネが言った。


「わ、わかりました」


「モモはあとでタクシー呼んで帰って。領収書もらうのよ」


「は、はい」


「それじゃあね。あ、でもあんまりハメ外しすぎないように!」


「分かってます!」


 梅原マネとツバキは帰っていった。


「ふぅ……良かった」


 百花が言う。


「良かった?」


「うん。認めてくれたから」


「何を?」


「真人だよ。でも、それには条件付けられてたから。それは今から真人と話し合って、だけど」


「え、なんだよ……」


 不穏な雰囲気に俺の顔はこわばった。


「実はね……梅原マネとツバキがいうには、私と真人君の関係をちゃんとしろって」


「関係?」


「うん。友達とか曖昧な関係じゃ無くてちゃんと付き合えって言うんだ」


「え? でも、アイドルだからダメだろ」


「隠せばいいって」


「そ、そうなのか」


「うん。それにちゃんと付き合っとかないと浮気されるぞって、脅すのよ。ひどいでしょ?」


「まあ、言いたいことは分かる」


 友達のままなら浮気にならない。俺も少し心配していたのだ。


「そっか……だったら、言います」


 百花が真剣な表情で俺を見つめた。


「真人……私と付き合ってください」


「……もちろん。喜んで」


「ありがとう……これで、ちゃんとキスできるね」


 百花は俺に抱きついて口づけしてきた。


「……でも、これからは隠し通す日々だな」


「だね。まあ、アイドルたるもの、いろいろ隠してることはあるから。それが一つ増えただけだよ」


「そうか」


「そうだよ。みんな、何かあるんだから」


「そうなのか? あのリーダーのツバキもか?」


 あの人はすごく厳しそうな人に見えたけど。


「ツバキはストイックだからそういうのは無さそうだけどねえ。でも、過去には色々あったみたいだし。今日もこれから会う人に緊張してたなあ」


「へぇ、そうなのか」


「うん。だから大丈夫。梅原マネも認めてくれたし、もう大丈夫だよ」


「そうか」


 結局、俺と百花は恋人同士になったわけだ。

 遠距離だけど、もうちゃんと付き合ってるんだと思うと、俺の中の不安は消えていった。


「だから、たぶん月一ペースで帰ってこれると思う」


「そんなに!?」


「うん! そのときはいろいろしようね、真人」


「そ、そうだな……」


「ふふっ、楽しみ!」


 百花は太陽のように笑った。


「でも……今は一緒に海を眺めたいかな」


「そうだな」


 俺たちはベンチに座って、海を眺めだした。

 まだ暑い浜辺だけど、秋の心地よい風が吹き始めていた。



(完)


―――――

最後までお読みいただきありがとうございました。

昨年の夏は「夏休みに部活帰りのクラスメイトと毎日会ってます」を書きました。

https://kakuyomu.jp/works/16818093080279891337


今年の夏もボーイミーツガールものを書きたいと思い、この作品を書き始めました。もう夏になってから書き始めたので、夏の終わりの話になりました。


舞台は芦北。ここはアニメ化もされた漫画「放課後ていぼう日誌」の舞台です。その漫画で出てくる海水浴場(アニメに出てくる方じゃ無くて、漫画で自転車でちょっと立ち寄る場所です)に行ってみたところ、すごく良いところなのに誰も居なかったので、ここを舞台にしました。


※最近も何回か行ってみましたが、実際にはキャンプしてる人とかが居ましたので、全く誰も居ないというわけではないようです。しかし、猫の方が多いです。


ヒロインの方はアイドルという設定で、これは熊本出身の女性アイドルが最近多いためです。特に最近の大ヒット曲を歌うグループには2人も居ます。なので、本作でも熊本出身二人が居るグループということにしました。一人は別作品でも活躍したあの人ですね。


次作はテーマはガラッと変わりますが、やっぱり今までと同じようなラブコメです。よろしくお願いします。


転校生は俺の孫!? ~未来から来たという美少女はフラれた幼馴染みによく似ている~

https://kakuyomu.jp/works/16818792440229692457







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夏の終わりの海で、君と出会った uruu @leapday

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