第13話 ちゃんと踊れたよ

◇◇ 8月29日 16時 真人の家


「ただいま」

「お邪魔します」


「いらっしゃい、モモちゃん!」


 妹の瑞樹が百花を迎える。親はまだ帰ってきていないから、俺たちだけだ。


「また来てもらえて嬉しいです!」


「ありがとう。今日は瑞樹ちゃんにお願いがあってきたんだ」


「え? なんですか?」


「私のダンス、見てもらえる?」


「え?」


 百花がミキさんから聞いた策は本当にたいしたことではなかった。

 踊るとき、俺のことを思って踊れ、と。ただ、それだけだったのだ。でも、それは確かによい策かも知れなかった。


 ファンの前で踊れなくなった百花。踊るとファンのことが頭にちらついてしまうそうだ。だが、俺の前では踊ることができる。だったら、俺のことだけを頭に入れて踊ればいい、ということだ。


 それを聞いて百花は『確かにそれならできるかも知れない』と思ったそうだ。そこで、ファン代表として瑞樹の前で踊ってみることにしたというわけだ。


「今度ね、新曲出るんだ。だからそれをいち早く見てもらおうかなって」


「えー、すごい! やったあ!」


 いきなりダンスを見てもらうのも変だから、そういう理由を付けている。


 少し広い部屋に俺は案内した。


「百花、行けそうか?」


「うん、たぶん大丈夫だと思う」


「よし、じゃあな」


 俺は部屋を出て行く。


「あれ? お兄ちゃんは見ないの?」


 俺が部屋にいては、百花は俺を見て踊ってしまうだろう。

 そうじゃなく、俺がいない部屋で百花が踊れることが大事なのだ。


「俺に見せるのは恥ずかしいらしい」


 そういう嘘にしておいた。


「あー、なんかわかる。好きな人には見られたくない、みたいな」


「もう! 瑞樹ちゃん!」


 百花が瑞樹の背中を叩いた。


「イテテ! モモちゃん、もしかして本当にお兄ちゃんを!?」


「内緒だよ」


「は、はい! でも、そうなるとモモちゃんがお姉ちゃんに……そうなったら、本当にすごい……」


 瑞樹は何やら小さい声でブツブツ言っていた。


「じゃあ、始めるから」


 百花が俺を見る。俺は頷いて部屋を出て行った。


◇◇◇


 曲が終わったようなので、俺は部屋に入った。すると百花が瑞樹を抱きしめている。


「な、何があった!?」


「瑞樹ちゃんが泣いちゃって……」


「だって! モモちゃんのダンスが!」


 ……やっぱり、踊れなかったのか?


「あまりにもすごすぎて! 感動しちゃったんだもん!」


 瑞樹にはすごいダンスに見えたようだ。とりあえずよかったけど……


「百花的にはどうだったんだ?」


「うん、ちゃんと踊れたよ」


「そうか……」


 ミキさんのアドバイスは効果があったようだ。


「これが上手くいったということは……」


「うん、次のステップだね。瑞樹ちゃん、お願いがあるんだ」


「え、何?」


「今度はもう少したくさんの人に今のダンスを見せてみたいって思って。シュガーライズファンの友達、集められるかな? もちろん、内緒にしてくれる前提で」


「もちろんです! みんな喜びます! すぐ集めますから!」


「明日、行ける?」


「行けます!」


 瑞樹に見せるのが上手くいったとしても、それは俺の妹だからかも知れない。だから、もっと多くの人で次は試そうと決めていたのだ。


 それにしても上手くいったか。ということは……アイドルを続けられる、ということだ。



◇◇ 8月29日 17時 海水浴場


 俺は百花を送って、また海水浴場まで来ていた。

 二人でベンチに座り、海を眺めている。


「真人君、うまくいったねえ」


「そうだな」


「私、アイドル辞める必要ないかも知れないね」


「そうだな」


「真人君はどっちがいい?」


「え?」


「私がアイドルを続けるのと、それとも辞めて……真人君と付き合うの」


「俺は……」


 百花が踊れることが分かって以来、俺は自分の中で考え続けていた。そして、自転車でここに向かいながら、一つの結論に達していた。


「俺は百花が好きだ」


「う、うん……」


「今すぐにでも付き合いたいよ」


「そ、そっか……じゃあ……」


「でも、それ以上に、踊っている百花がとても幸せそうで、輝いていて……そういう百花を見ていたいとも思ってる」


「そうなんだ……」


「だから、百花。続けられるなら……アイドル続けろよ」


「真人君……でも、それじゃ、私たち、一緒に居られないよ」


「確かにな。でも百花が言ったろ。アイドル辞めたら付き合おうって。俺、待ってるから」


「でも……かなり先になるかもよ。最近のアイドルの寿命は長いし」


「それでもいいよ。俺も百花を養える立派な男になるから」


「真人君……」


「それに、ネットでも話せるし、時々は会えるだろ?」


「うん。そうだね……」


「だから大丈夫だよ、百花。アイドル続けろよ」


「真人君……ありがとう」


 百花が俺に抱きついてきた。俺は百花を抱きしめ返した。


「付き合ってないからこれ以上はできないけど……今はこうさせて」


「ああ」


 俺たちはしばらくそうしていた。


「付き合ってないけど、言っておくね。真人君、大好きだよ」


「俺もだよ、百花」


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