第7話 脱げ脱げ!

◇◇ 8月26日 10時00分 海水浴場


 俺は少し寄り道をした後、いつものように海水浴場に来ていた。駐車場にはいつもの電動アシスト自転車。今日も百花は来ているようだ。


 坂を降りていくと百花はベンチに居た。俺を見つけて言う。


「遅かったね」


「少し寄り道をしたからな。ほい」


 俺は袋を差し出す。


「なにこれ?」


「近所のケーキ屋のプリン」


「え? プリン! 私、好きだよ! でも、どうして?」


「……なんか元気づけたくなった」


「はあ?」


「……妹からいろいろ聞いてさ、百花のこと」


「ああ……もしかして匂わせ?」


「うん」


「まいっちゃうよねえ。そんなの知らないっての。あいつがどんなスマホケースでどんなお菓子食ってるかなんて」


「じゃあ、ただの偶然か」


「当たり前だよ。火の無いところに煙は立たないって言うけど、立ってるっつうの」


「まあ、人は自分が見たいものしか見ないからな」


「まったくだよ……ほんと嫌になる。でも、プリンはいただくから」


「おう、食べろ食べろ」


 百花はプリンを袋から取り出し、おいしそうに食べ始めた。


「うわ、これおいしい!」


「だよな。俺もこのプリンが一番好きなんだ」


「知らなかったな。おばあちゃん家にはたまに来てたけど」


「最近できた店だからな」


「そうなんだ……ありがとう。よし、じゃあ、私もお礼と行くか」


 百花は立ち上がった。何する気だ?


 見ていると百花は帽子を脱ぎ去り、さらにはTシャツを脱ぎ始めた。


「お、おい!」


 そして、ショートパンツまで脱ぎ始める。


「じゃーん! どう?」


 そこには水着姿のトップアイドルがいた。そういえば、昨日、水着を着てくると言っていたか。


「う……」


 あまりの神々しさに思わず目をそらしてしまう。


「あれー? どうしたのかなあ? 真人君」


 そう言いながら百花が近づいてくる。


「お前、からかうなよ」


「からかってはいないんだけどなあ。真人君に私を意識してもらいたかっただけで」


「アホか。最初から意識してるっての」


「え?」


「なんでもない。で、海には入らないのか?」


「入るよ。ひゃっほー!」


 奇声を上げながら百花は海の方に走っていく。そして、海に入っていった。


「うわあ、気持ちいい! 波もすごいね!」


「そうだな」


 俺もそう言いながら海辺に近づいた。


「ほれ!」


 百花が海の中から俺に水をかけてくる。


「うわ!」


 当たり前だが海の水はしょっぱい。


「アハハ!」


 百花はここぞとばかりに俺に水をかけてきた。


「こいつ……」


 俺も少し海に入り、同じように水をかけた。


「きゃー!」


 そこからは水の掛け合いだ。俺も夢中になって、かけてしまう。百花もかけてくるからずぶ濡れになった。


「……この後、バイトだぞ」


「乾くでしょ、この日差しなら」


「まったく……」


 俺は海から上がった。


「ジーンズ、脱いで乾かしたら?」


 百花が言う。


「アホか。下はパンツだぞ」


「私は気にしないし。ほら、脱げ脱げ!」


 百花があおってくる。でも、ここで脱いで乾かさないとこれは無理だな。百花もそう言ってるし脱ぐか。


 俺はジーンズを脱いで、浜辺の岩にかけた。

 そのままパンツ一丁でシャワー室に行き、シャワーを浴びる。

 木陰に戻ると水着の百花が俺を見ていた。


「いやあ、真人君のパンツ姿もいいねえ」


「お前、アイドルだよなあ。なのに男子のパンツ姿をガン見かよ」


「だって……眼福だから」


「そんなこと言うなら俺も百花の水着をガン見するからな」


「……エッチ」


「なんで俺ばっかり。まったく……」


 そう言いながら百花の横に腰掛けた。


「それにしても……こんな姿、撮られたら即クビだぞ。パンツ一丁の男子と並んで水着で居るアイドルなんて」


「確かにね。最後は真人君との写真撮られてクビになるのもいいのかもなあ」


「アホなこと言うな。俺を巻き込むなよ、まったく……」


「さてと、そろそろ私もシャワー浴びてくるか」


 百花はシャワー室に行き、戻ってくると俺を気にすること無く水着の上からTシャツを着てショートパンツをはく。悪いとは思いながらも、しっかりその姿を見てしまった。


「真人君、じっくり見てたねえ。私に興味あったんだあ」


 ニヤニヤしながら百花が俺に言う。


「あるに決まってるだろ」


「へぇー、いつから? トップアイドルって分かってから?」


「最初に会ったときからだよ」


「そ、そう……」


「百花がアイドルかどうかなんて関係ない。百花はそのままで魅力的だ」


「う……口説いてる?」


「違うよ。ただ、事実を言ったまでだ」


「……またまた」


「まあ、信じなくてもいいさ」



 それからは二人でまったりと海を見て過ごす。やがて、バイトに行く時間が近づいてきた。


「もうだいぶ乾いたよね」


「ああ」


 俺はジーンズを履いた。


「じゃあ、行くから」


「うん。バイト頑張って」


「ああ。ありがとう」


「それと、プリンおいしかった! でも、なんで私がプリンが好きって分かったの? まさか私で検索した?」


「違うよ、妹に聞いただけだ」


「妹ちゃんかあ。私のファンなの?」


「そうみたいだな」


「へー……じゃあ、お礼に行こうかな」


「お礼って……ウチに来るとでも言うのか?」


「うん。ダメかな?」


 百花がウチに来るのか。でも、瑞樹のやつ、百花の大ファンみたいだし、すごく喜ぶことは間違いないな。


「いいけど、親が居るときは避けたいし、昼に来れるか?」


「うん、私は暇だから。でも、真人君が忙しいんじゃない?」


「バイトは休みの日もあるし」


「え、そうなんだ。いつ?」


「……明日」


◇◇ 8月26日 20時00分 真人の家


 いつものように夕食後のリビングに俺と瑞樹がいた。


「瑞樹、明日暇か?」


「暇だけど、どうして?」


「……昼にちょっとした友達を呼んでるんだ」


「そうなんだ。つまり、私が邪魔だから出てけってこと?」


「違うよ。その人に会って欲しい」


「はあ? なんでお兄ちゃんの友人に私が会うのよ。まさか、私のことを狙ってるとか?」


「違うよ。呼ぶのは女子だ」


「え!? まさか、彼女?」


「そうじゃない。ただの友達だ」


「友達か~。お兄ちゃんの女子の友達なんて初めてかも。私も会ってみたいな」


「そうか。じゃあ、明日、昼な」


「うん! でも……お兄ちゃん、その友達と付き合いたいとか思ってるの?」


「はあ? 違うよ。あくまで友達だ」


「ほんとかなあ?」


「ほんとだって」


「まあ、いいけど。いい人だったら、私もサポートするね」


「だから違うって言ってるだろ」


「はいはい」


 まあ、いきなり女子を妹に会わせたいなんて言ったら、瑞樹も勘違いするよな。

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