第3話 素直じゃないなあ

◇◇ 8月24日 9時35分 海水浴場


 海辺のそばの木陰まで来ると、俺はいつものベンチに腰掛ける。その隣に百花も座った。俺はコーラを飲み始める。百花もスコールを一口飲むと言った。


「真人君って意外に強引だよね」


「え? 何が?」


「お金払わせてくれないし」


 百花は頬を膨らませ、不満そうだ。


「いや、俺が買いたくて買っただけだから。それに言ったろ、バイトしてるって」


「私だって働いてるし」


「そう言えば、言ってたな。自転車で配達員とか?」


「はあ? そんなんじゃないし!」


「じゃあ、飲食店とか?」


「……そんな感じ」


「へー」


 明らかにごまかしている感じだ。怪しいバイト、とかだろうか。東京は色々恐いところだと聞いてるし、しかも百花は美人だ……


「真人君、なんか変な想像してるでしょ」


「え? そ、そんなことないよ」


「わかりやす。でも、私、ちゃんとした仕事してるからね」


「そうか。それならいいけど」


「ま、そのうち分かると思うけどね」


「別に知りたくないし」


「はあ? 素直じゃないなあ、真人君は」


「まあ、変わってるとはよく言われるかな。こんなところに一人で来てるし」


「確かにね……ここに友達呼んだりしないの?」


「呼ぶったって、ここまで来るのが大変だし。それに男友達しか居ないのにみんなで海見るってのも変だろ」


「そうかな。男同士で海を見てもいいんじゃない?」


「男同士じゃ味気ないからな」


「じゃあ……異性とならいいんだ」


 そう言って、百花は俺を見た。しまった。確かにそう取られてしまうよな。


「別にそういう意味じゃ無いけど……」


「そういう意味だったじゃん。私となら一緒に海を見てもいいって事でしょ?」


「まあ、男同士よりはマシかな」


「マシって、ひどいなあ……これでも私、人気者なんだけど」


 確かにそうだろうな。もし、うちの学校にこんな美人が居れば間違いなく一番人気だ。東京の学校なら垢抜けた美人が居るだろうけど、それでも百花なら結構戦えるんじゃないだろうか。


「熊本代表として頑張ってくれ」


「何それ。ふふっ」


 百花が笑った。


「……百花はいつまでこっちに居るんだ?」


「え?」


「夏休みでこっちに来てるんだろ。8月一杯、ずっと居るとか?」


「うーん……わかんない」


「はあ? 予定決まってないのかよ」


「うん……明日帰るかも知れないし、もっと居るかも知れないし、ずっと居るかも……」


「なんだよそれ」


 明日帰る可能性もあるのかよ。それより……ずっと居るかもってのが気になる。


「百花、高校行ってるんだよな?」


「馬鹿にしないでよ。ちゃんと行ってるし。出席日数は足りてるから」


 出席日数の話をするってことは、学校は休みがちらしい。

 まさか東京の学校に馴染めないとかだろうか。


 俺と話す限りでは百花は明るい性格だし、コミュニケーションは得意そうだけど。でも、いきなり東京に行ったら俺だって難しいだろうしな。


「……まあ、ここには居たいだけ居ればいいさ」


「うん……」


 しばらく俺たちは飲み物を飲みながら海を眺めていた。波音だけが聞こえる。


「……バイトって何時から?」


 百花が俺に聞いた。


「11時」


「そっか……どんなところ?」


「イタリアン」


「へー! 私、好きだよ!」


「そうか。じゃあ、食べに来るか?」


「行きたい! ……って思ったけど、無理かあ」


「別に無理じゃないだろ。何か用事でもあるのか?」


「そうじゃないけど……」


「あ、家に食事が用意されてるから?」


 確かおばあちゃんの家に来てるって言ってたっけ。


「それは連絡すれば何とかなるけどね……」


「じゃあ、来ればいいじゃないか」


「そうだけど……そこってお客さん多い?」


「多いぞ。人気店だからな」


「そっか。じゃあ、無理だなあ」


 人が多いところが苦手なのか。


「テイクアウトもあるぞ」


「そうなの? だったら、食べてみたいかも」


「じゃあ、取りに来るか?」


「うん! 何時に行けばいい?」


「何時でもいいぞ」


「真人君から直接受け取りたいんだけど」


「俺から? まあ、そういうことなら……13時までは忙しいかな。それ以降なら」


「分かった。じゃあ、行くね。場所教えて。昨日、SNSフォローしたから」


「そう言えば夜にフォロワーが一人増えてたな。あれ百花か?」


「そうだよ。そのアカウントに送って」


「分かった」


 俺はスマホを取り出し、そのアカウントにメッセージを送った。それにしても、このアカウント、写真一つだけしかアップしていない。それも昨日の海の写真。慌てて作ったようなアカウントだな。


「何?」


 俺の怪訝な顔を見て、百花が聞いた。


「いや、明らかに裏アカだなって」


「昨日作ったからね」


 普段使っているアカウントではフォローしたくないってことか。捨てアカウントという感じだ。


「別にいいけどさ」


「あんまり気にしないで。君には言いたくない事情もあるってことで」


「気になんてしてない」


 俺と百花はたまたまここで会っただけの関係だし、隠したいことがあるのも当然だ。捨てアカを使うのも分かる。ここで会うだけの関係、ってことにしたいのだろう。


「……もうバイト行くよ」


「え? 11時じゃなかった? まだ時間あるよ」


「いや、早めに行こうと思ってたから。じゃあな」


「あ、何注文するか言ってない!」


「あとでメッセージで送ってくれ」


 俺はそれだけ言って駐車場に向かった。


 坂を上ると愛車のロードバイクにまたがり走らせる。いつもは気持ちが良いこの道も今日は何か蒸し暑い感じがした。


◇◇ 8月24日 10時20分 海水浴場


 真人君が去った後、私、坂山百花は一人で海を眺めていた。真人君のバイト先は「グラッツェ」というイタリア料理店らしい。私は店名で検索し、メニューを発見した。


「……美味しそう」


 特に気になったのはナポリタンだ。看板メニューらしい。これにしておくか。


『ナポリタンでお願い。13時半に行く』


 真人君にメッセージを送った。これでよし、と。

 少し時間あるし、おばあちゃん家に帰ろう。そう思ったときだった。スマホが振動する。電話だ。知らない番号から。真人君からだろうか。私は思わず電話に出た。


「もしもし」


『あ、モモ! やっとつながった!』


 この声、そして私をモモと呼ぶ人物。


「ミキ?」


『そうだよ! モモ、全然電話でてくれないから』


 私は関係者からの電話は全て無視していた。


「何の用?」


『何の用って……今日、生放送の歌番組! 忘れたの?』


「だから、しばらく休むって、連絡したはずだけど」


『しばらくっていつまでよ!』


「しばらくはしばらくだから。梅原マネにも伝えといて」


『わかった……けど、モモ、今どこに居るの?』


「地元」


『え? 熊本なの!?』


「そうだよ」


『今すぐ飛行機乗らないと夜の生放送間に合わないじゃん!』


 ダメだ。休むと言ってるのに話が通じてない。


「勝手にやっといて。それじゃ」


『あ、モモ!』


 私は強引に電話を切った。


 真人君からかと思って電話に出てしまったけど、考えてみたら真人君に電話番号は教えてなかった。アホだ、私。知らない番号には出ないようにしないと。


 さて、今度こそ、おばあちゃん家に帰ろう。

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