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  • 第1話への応援コメント

     私的な意見ですが、主人公を固定する場合のなろう的一人称において、主人公を「語り部」と「当事者」に分類可能な点は、似た効果のある三人称(一元)視点や、古典的一人称よりも優位な点だと思われます。

    ・過去形での表現 = 主人公が語り部として、物語を客観的視点で語ったり、最終的に落ち着いた自身の主観を吐露する。
    ・現在形での表現 = 主人公が当事者として、物語を主観的視点で語ったり、物語に「今」があることを明らかにして、過去から今に突入する。

     上記には平井さんが仰っていたことも含まれますが、私は三人称(一元)視点では語れない主人公の主観視や、古典的一人称では語れない「今」の確実性(物語が決して夢ではなく今がある・あった)を含有しており、その点が作品を引き立てる効果に寄与しているものだと推考しました。

     まぁ、多視点になると破綻しますが()

     稚拙な文ですみません!非常に興味深くて一時間、熟読してしまいました!私に新たな視点を見出してくださり、本当にありがとうございました!

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    リアルタイムで主人公(語り手)の心情にシンクロできるのがなろう的一人称の長所なのだと思います。

  • 第1話への応援コメント

    一人称小説や私小説の類いは、エッセイ的な小説と勝手に思ってます。
    古典的一人称の作品も、手記や新聞記事、マガジンの記事などの体裁で書かれたものが主流でしたし。クトゥルフ神話なんかでも手記の体裁での一人称作品は結構ありましたしね。

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    確かに、一人称小説の原点は手記の類なのかもしれないですね。
    それが現在ではかなりぶっ飛んだものに進化(?)してしまっていますが。

  • 第1話への応援コメント

    コメント失礼します。

    僕は「一人称小説」=平井様の仰る「古典的一人称」として教わりました。
    ですので、WEB小説界隈で「なろう的一人称」が溢れかえっているのを見てそれはもうモヤモヤが溜まっていましたが、

    一人称形式の中にもスタンスの異なる叙述法が混在している

    と書いてくださったことで、目から鱗が落ちる思いがしました。
    「三人称にも三人称一元視点と三人称神視点がある」のと同じような話だと考えれば、今後は「なろう的一人称」について割り切って考えることができそうです。

    ありがとうございましたm(_ _)m

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    古典的一人称になじんでいる方には、やはり昨今のなろう的一人称には違和感があるのですね。
    別物と割り切る、というのは意外と大切なことかもしれません。